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December 20, 2018

『古代史講義』

Kidaishi_kougi

『古代史講義』佐藤信(編)、ちくま新書

 古墳時代から奥州藤原氏まで15のテーマでの古代史を概説した本。アンソロジーにありがちな散漫さはなく、自身も「地方官衙と地方豪族」を担当して書いた佐藤信先生のもと、バランスのとれた編集で古代史研究を知ることができる。

1講 邪馬台国から古墳の時代へ

 邪馬台国の位置は三万五千里四方という中国王朝の世界観の東端に位置づけられたもので、距離は遠方からの朝貢を強調するもの(p.19)。

 列島と朝鮮半島との交易は壱岐対馬と北九州が中心だったが、山陰地方にも列島側の拠点が拡大するなど《多極的ネットワークが形成された》(p.27)。

 楽浪・帯方郡の滅亡によって九州中心の交易ネットワークは終焉、畿内のヤマト王権が伽耶地域と交易を行うようになる(宗像・沖ノ島の祭祀が開始される)。

2講 倭の大王と地方豪族

 卑弥呼の墓と有力視されている箸墓古墳を含むオオヤマト古墳群でも、二系統に分ける見解がある。初期の高句麗王は五つの部族から交互に出ていたり、新羅でも二人の王が役割を分担して併存していた。草創期や初期段階の王位のあり方は《もはや「一系統の王朝」の存否だけを議論する状況ではない(p.33)。

 巨大な盟主墓を含む古墳はオオヤマト、佐紀、馬見(大和)、古市(河内)、百舌鳥(和泉)、三島(摂津)に別れているが、有力首長たちは通婚を重ねて血縁的に近しかったと推測される(p.39)。

 421年 倭の五王(讃、珍、済、興、武)が宋に遣使、478年までに7回の朝貢は奈良時代の遣唐使を上回る頻度(p.41)。

 古墳の規模規制は制度に基づく統治の先駆け(p.44)。

3講 蘇我氏とヤマト王権

 蘇我氏を滅亡させた645年の乙巳の変の前年、高句麗でも似たようなクーデターが勃発、百済と新羅でも混乱が生じており、朝鮮半島情勢が緊迫していた(p.68-)。

 初期段階の王位のあり方を含めて(部族からの交互選出、王位の役割分担、p.32)など、半島と列島の政治はクロスしてる。

7講 地方官衙と地方豪族

 ヤマト王権時代には国造として直接的な関係を持っていた地方豪族は、律令制下では国司の下位に位置する地方官となり、同盟関係から支配・従属関係へと変化。

 しかし、壬申の乱で大海人皇子が勝利できたのは東国出身の舎人のお陰で、采女の子も皇位継承候補となった(p.138-)。

8講 遣唐使と天平文化

 遣唐使は皇帝からの朝貢への回賜品を売り払い、その代金全てで書籍を購入して船に積み込んで帰っていった。不要な高級品よりも直接役立つ書籍を求める姿勢、なんか泣ける(p.159)。

 正倉院宝物のうち、唐や海外から舶載されたものは9千点のうち5%で、残りは国内での模倣品。 世界文化の中心だった唐から一部分を継受したに過ぎず、シルクロードの終着駅という言い方は誤解を与える。唐との交流の核心は書籍・仏典の移入であり、シルクロードならぬブックロードとして重要だった、と(p.160)。

11講 摂関政治の実像

光仁→桓武の即位で天武系の皇統は途絶えて天智系のみとなり、桓武系も三統から嵯峨→仁明王統が皇位継承を担った。しかし、承和の変、応天門の変と即位を巡る政変はその前の平城太上天皇の変(昔は薬子の変と呼ばれていた)含めて頻発。皇統のイエ化と摂関政治を生み出した、と。

 律令制による中央集権体制の構築にあたって、中国の皇帝制を手本に日本の天皇制は制度化されたが、ヤマト王権以来の大王の性格との矛盾も孕むことになった。中国的な嫡系主義によって皇位継承者が限定されて、皇統断絶や政治能力のないものが即位する問題が生まれた(p.211)。

Koutou

 称徳天皇の崩御による天武皇統の断絶を目にした光仁・桓武天皇は、皇統を複数に分けたが、複数化は承和の変という皇位継承を巡る争いを引き起こすと、再び一本化が図られた。しかし、清和天皇という幼帝や陽成天皇という素行に問題のある天皇が即位。摂政・関白・内覧が創出された、と

 無能な天皇であっても問題なく機能する摂関政治によって天皇・貴族は経済的に豊かになり、華やかな宮廷文化を生む。『源氏物語』『枕草子』が摂関政治の最盛期に生まれたのは必然。身内や臣下が政務を代行・補佐し天皇制を補完するシステムは院政、幕府から内閣制度まで続く(p.212)。

14講 平将門・藤原純友の乱の再検討

 嵯峨天皇の治世、812年に始まった宮中観桜会の記録から9~10世紀代の桜の満開日は現代より5日早いなど現在よりむしろ温暖だった(山本武夫『気候の語る日本の歴史』)。また、温暖化によって8世紀以降海水面は上昇し、12世紀初頭にピークを迎えた。奈良時代から平安末期にかけて少しずつ温暖化に向かうなど「ロットネスト海進」があった(p.259-)。

1講 邪馬台国から古墳の時代へ
2講 倭の大王と地方豪族
3講 蘇我氏とヤマト王権
4講 飛鳥・藤原の時代と東アジア
5講 平城京の実像
6講 奈良時代の争乱
7講 地方官衙と地方豪族
8講 遣唐使と天平文化
9講 平安遷都と対蝦夷戦争
10講 平安京の成熟と都市王権の展開
11講 摂関政治の実像
12講 国風文化と唐物の世界
13講 受領と地方社会
14講 平将門・藤原純友の乱の再検討
15講 平泉と奥州藤原氏

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