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December 21, 2018

『思索の淵にて』

Shisaku_hasegawa
『思索の淵にて』茨木のり子、長谷川宏、河出文庫

 長谷川宏さんが、「わたしが一番きれいだったとき」などで知られる茨木のり子さんの二十八篇の詩から触発されたエッセイをつけるという形でまとめた本。

 刊行されたのは茨木さんがお亡くなりになる直前で、長谷川さんは結局、一回も茨木さんに会えないままだった、というのが、いかにも在野の研究者という感じを思わせて痛切。

 茨木さんはエリュアールの一節を最初に引用します。

《年をとる それは青春を
歳月のなかで組織することだ    ポール・エリュアール
                  大岡信訳
長詩の一部らしいのだが、そしてポール・エリュアールというフランスの詩人のこともよく知らないのだが、若い時に読んで、いまだに記憶に焼きついているのだから、とても好きな二行といっていいだろう。短いのに、なんという深さを湛えていることか、〈組織する〉という硬い言葉がここではひどく艶のある使われ方で、たぶん翻訳もいいのだろう》

 これは700行近い長編詩「よそにもここにもいずこにも」の中にある二行で、大岡信さんが全てを訳するのに挫折したものの『折々のうた 第十』に収めた一節のようです。

 エリュアールは第二次大戦中に出した「自由(Liberte)」も有名ですが、やはり全体が長く、一般的にはパンチラインだけが記憶されているようです。

《そして、ひとつの言葉の力で
ぼくはまた人生を始める
ほくは君を知るために生まれた
君に名づけるために

自由(Liberte)と。》

 長谷川さんの部では「名前によって、対象は、まさしく存在するものとして自我から生まれでる。名づけは、精神の行使する最初の想像力である。アダムはすべてのものに名前をあたえた。それは、全自然を支配下に置き、全自然を掌握する最初の行為であり、全自然を精神から創造する行為である」と名づけの行為が自然支配と結びつく、とヘーゲルを引用するあたりもよかった(p.57)。

 《まわりに森や和泉がなくても、眠りが安らかであれば眠りのなかに森や和泉や清水がある》というのは眠りに関する至言のように感じます(p.90)。

 《日本の詩歌は政治と相性がわるい》(p.160)というのもなるほどな、と。

 長谷川さんは、この本の中で《人類社会の歴史を人間の一生にたとえてみるならば、いまや人類は間違いなく青年時代をこえ、壮年時代に入ったといわざるをえない》(『「日本とは何か』講談社・日本の歴史 第00巻)と網野さんを引用し、《どこかから肌寒い風がわたしにも吹いてくるようで、それに耐えながら足を地につけて歴史を考えなければ、という思いは切実である》としています(p.174)。

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