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November 23, 2018

『最終講義 分裂病私見』

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『最終講義 分裂病私見』中井久夫、みすず書房

 中井久夫先生が1998年に神戸大学退官時に行った『最終講義』は1998年に出たんですが、ちょうど、その年は公私ともに多忙で、全くメモの類やインターネットの書き込みも残していなかったんです。久々に中井先生の本を集めたコーナーを整理していて、この本を見つけてパラパラとめくっていたら、なんと!普段は全くこうしたことはやってなかったマーカーでのライン引きがたくさん見つかりました。自分でも時間がなくて、メモを残すことはできないけど、せめて将来、読み直す時の手がかりに…と思ったんだろうな、と当時の自分を抱きしめてやりたくなったんですが、さらには1999年の讀賣新聞のインタビュー記事まで挟んであって…これで、改めてご紹介できる、と思いました。

 《精神医学は目に見えないもの、語りにくいものを何とか目に見える形に表し、ことばで輪郭なりとも描こうとする試みでもあります》という言葉が印象的(p.2)。

 行間にあふれる弱者への暖かな視線は「患者さんと共に」という腰巻の言葉にも表れています。

 これは、中井久夫先生が1998年に神戸大学退官時に行った最終講義で、テーマは「精神分裂症」。当時はまだ分裂症という言葉が使われていたんですね。

 中井先生が分裂病に取り組んだ経緯は「あとがき」に書かれています。

 《分裂病は、研究者から転じて後、私の医師としての生涯を賭けた対象である。私は医師としての出発点において、実に多くの分裂病患者が病棟に呻吟していることを知った。精神科に転じてから最初に外来助手を勤めた若い女性が幻聴を訴えただけで、ろくすっぽ診察もされずに遠くの病院に入院するように指示されるということがあった。私は一ヵ月後、その病院を訪ねた、若い女性としての魅力がじゅうぶんあったその女性は僅かの期間中に慢性分裂病患者になり果てていた。
 当時は、分裂病でも目鼻のない混沌とした病気で、デルフォイの神託のような謎だと言われていた。分裂病に取り組んだら学位論文ができないぞと公然と言われていた。幸か不幸か、私はすでにウイルス学で学位は持っていたが、持っていようといまいと、もう少し何とかならないかと私は思った。私は、それまでの多少の科学者としての訓練や、生活体験や、文学などの文化的体験を投入して、何とかこれに取り組もうとした》(p.143-)

 分裂病は《患者を分けて収容した十九世紀の閉鎖的精神病院に入院している患者を診ることによって、数十年をかけて》発見されました(p.88)。現代病という見方もありますが、中国の文献をみると二千年このかた存在していたようにも見える、とのこと(中井先生の本で、一時はアルミニウムが原因ではないかということが疑われ、米国のアルコアあたりが全力でその研究を潰した、というような話しも読んだことがあります)。

 中井先生が学生時代には、石像のように何十年も同じ姿勢を保つ慢性緊張病が分裂病の典型と言われていましたが(p.88)、この緊張症は薬物による効果がもっとも大になったとのことで(p.49)、薬の効果は本当に高いな、と(ただし、重苦しい抑うつが残る場合が少なくない、とのこと)。

 中井先生はウィルス学からの転向者で、学園紛争の時代に一人でできるように個別研究を通じてモデルを作るというコースを考え、寛解過程のグラフを描けたらしめたもの、という方向で研究を進めます(これも別な本で書かれていたことですが、歴史学では年表が書ければしめたもの、という言葉を引用していたと思います)。

 分裂病の発症は、タンカーさえ沈めるという多くの波の周期が同期してできる合成波=三角波に当たってしまったような場合だと筆者は説明しています(p.48)。ぼくたちは、たまたま三角波に出くわさなかったのかもしれません。そういう周期の高まりにも関係しているんでしょうか、精神の能力が高まり、発病する1週間前に模擬テストで全国一位になった中クラスの高校の生徒がいたそうです(p.47)。

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 急性分裂病状態に入る時は自他・内外の区別が不明確となり、意識が青天井になるといい(p.52)、サリヴァンは分裂病をセルフ自体の崩壊だと考えていたそうです。急性期を語る患者は現在形で語るぐらい切迫したものですが、恐怖は覚醒度を高めるばかりで、眠りという癒しは訪れません。それが、やがて幻覚・妄想・知覚変容など、それほどでもないものに変わっていくのは生命がそうさせているのではないか、と(p.58)。しかし「ついに実存にふれた」という感覚が恐怖のただ中に起こることもあるそうで、サリヴァンはこうしたところに患者や治療者までも誘惑する性質があるとしています(p.61)。

 本に挟んであった1999/3/5読売新聞(夕刊)のインタビューで中井先生は、分裂病患者と詩人の心理には、どちらも医師が過剰に覚醒し、言葉の意味より連想が先走る、としていますが、なるほどな、と。

 こかから寛解過程の話しに入っていきますが、慢性分裂病から離脱するチャンスのひとつは身体病だそうで、それまでは心身症をも拒絶するほどだそうです。また、体温が38.5度以上になると抗精神薬はいらない、といわれている、と(p.75)。

 1日のうちで夕方の四時から七時までの間は不安や孤独感が高まる、というのも実感できますね。

 対人関係のつかりは決断の疲れ、という指摘にはなるほどな、と感じました(p.79)。

 キノコ中毒学はすべて死体の上に築かれてきたといわれている、というあたりも本論とは関係ないですが、面白い話しだな、と(p.7)。

 先にふれた読売新聞のインタビューでは「〈事態は悪くなります〉と悲観論を告げるのは、言う側にとっては安全なんですよ。悪くなればその通り、回復すればよくやった、と。楽観論はうまくいかなければ非難される(中略しかし)"実践的楽観主義"が悪循環を断ち切り、自信の回復、精神の復興につながる」という言葉も印象的でした。


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