« 『大いなる眠り』 | Main | 『水底の女』 »

August 01, 2018

『プレイバック』

Playback_haruki
『プレイバック』レイモンド・チャンドラー、村上春樹訳

 ほとんど小説を読まなくなった後も、最後まで読んでいたのは村上春樹訳のマーロウものでした。

 個人的には隠遁生活を送っていたような気分で過ごしていた大学時代は、サブカルチャーの小説を読むようなサークルに居場所を確保していたのですが、そこではチャンドラーやマクドナルド、ハメットなどのハードボイルドものを一応、守備範囲としていました。

 日本にもミッキースピレーンなどのブームもあったようですが、最後まで残ったロス・マクドナルドも76年の『ブルー・ハンマー』を最後に作品を発表しなくなり(なぜか、ポール・ニューマンがリュー・アーチャーものの自身二作目として『魔のプール』を75年に公開しましたが、ヒットにはなりませんでした)、完全に廃れていた感じもします。

 組織を持たない私立探偵が、インターネットもない時代に特定の個人を探したりするという世界観は、ポール・オースターに引き継がれたんじゃないかと思うのですが、とにかく、巨大な世界に、寄る辺ない個人が仕方なく立ち向かってゆく、という構図は、なんとなく当時の気分にもあっていたような気がします。

 『プレイバック』はチャンドラーのマーロウものの最後の長編ですが、作品の評価はあまり高くありませんでした。なんかマーロウがやたらカネとオンナに汚く描かれているというか。

 あと、日本では角川が「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」をキャッチコピーとして広告展開したのも、どこかチャンドラーを汚されたような気がして、作品の評価が低位安定となっていた要因かもしれません。

 ちなみに"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."を村上春樹さんは〈厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないうなら、生きるに値しない〉と訳しています。

 昨年、柴田元幸さんとの「本当の翻訳の話をしよう」というトークイベントでも、「ハード(hard)とタフ(tough)は違う」「アライブ(alive)というのは、生きている“長い状態”だから『生きていけない』というよりは、『生き続けてはいけない』」「『タフじゃなければ生きていけない』というのはそういう面ではかなりの意訳なんですよね。でも響きとしてはいい」と語っていたようで、後書きでは、正確な訳としては〈冷徹な心なくしては生きてこられなかっただろう。(しかし時に応じて)優しくなれないようなら、生きるには値しない」を提示していますが、同時に、これではパンチラインにはなりにくい、とも書いてます。

 しかし、不思議なのは、この部分が人口に膾炙しているのはどうも日本だけというか、米英の書籍を読んでも、この部分への言及はなかったそうです。

 個人的には《小道(レーン)というより裏通り(アレー)という方があっているな」というところにハッとしてしまいました(p.189)。Rod Stewartの古い曲に"Gasoline Alley"というのがあって、昔からずっと小道みたいに思い込んでいたんですけど、そうじゃなくて裏通りなんだよな、と(そういえば浅川マキさんの訳もそんな感じだったかな…)。

|

« 『大いなる眠り』 | Main | 『水底の女』 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/67010533

Listed below are links to weblogs that reference 『プレイバック』:

« 『大いなる眠り』 | Main | 『水底の女』 »