« プラド美術館展 | Main | 『倭の五王』 »

April 30, 2018

『素顔の西郷隆盛』

Saigo

『素顔の西郷隆盛』磯田道史、新潮新書

 以前、触れたら版元経由で著者からの反応があって、その「腰の軽さ」は素晴らしいな、と思っている著者の本ですが、肩のこらない本を、ということで読んでみました。

 別なインタビュー記事で、明治維新百五十年というより、《江戸百五十年忌という視点を持つ》ことが大切だと語っていた著者ですが、西郷たちが目指した合理性は、太平洋戦争による蹉跌はあったものの、まがりなりにも一時は世界二位の経済大国まで日本を押し上げました。

 その経済重視の考え方は、西郷が斉彬に引き上げられる前に、先代の島津斉興は調所広郷を抜擢し、薩摩藩の財政を一気に改善したあたりから始まります(この本には書いていませんが)。斉興と斉彬は反目する父子でしたが、その目指したところは富国による強兵だったわけで、薩長の藩閥が駆逐された後の陸軍によって、まるで今の北鮮のような「先軍」思想による軍事重視によって葬り去られるまで、明治維新後の基本的な方針だったようにも思えます。

 いろいろ面白かったのですが、ハッとしたのは、幕藩体制の殿様は国元の生活が嫌いで、江戸に住む方が楽しいし、財政難で百姓一揆も起きる地元を治めるのは面倒だった、という指摘。廃藩置県で天皇の朝臣となって《江戸東京に住んで生活が保障され、国を治めなくてもいいならその方が良いというのが、旧殿様たちの本音の気分》だった、と(p.205)。

 実は廃藩置県で困るのは国元にいる武士たちで、殿様を引き留めようとして不測のことを言い出す藩もあるかもしれず、薩長土から御親兵を集め軍事力を背景にして、廃藩置県を断行しようとしたわけはこれ、だという指摘はハッとしました。

 確かに武士たちの叛乱は相次ぐわけですが、藩主が先頭にたって立ち上がったという例はないですもんね。

 僧月照との心中事件の後遠島された西郷は奄美大島の奴隷「ヒザ」の解放を進め、シャーマンであったユタ征伐も実施するなど、合理主義に基づく社会改良も行ったというのは知りませんでした(p.94-)。

 明治の留守政府を預かっている時にも被差別と身分を廃止、隷属農民にも職業自由を宣言したんですが(p.213)、それが貫徹されなかったのが地元鹿児島というのが悲劇なところで。丸山眞男は明治の元勲を『忠誠と叛逆』と呼びましたが、西郷もいくら英雄とはいえ、髷を切らない久光のいる地元では明治政府の方針を貫徹できなかった、みたいな。

 藩からの支出で最新の軍備を整えて江戸幕府を倒したのに、結果的に裏切られた久光など薩長土肥の殿様だけでなく、庶民も政府の人間をいかがわしいと感じていたわけですが、それが一変したのは、そんな政府が大国、中国を破った日清戦争から。維新の新政府は対外戦勝利でようやく固い支持を得た、と(p.219)。日本人だけではないと思いますが、やはり人間、勝者は好きなんですよね。

 フランス革命も単にブルボン王朝を倒しただけでは国民の不満は高まりまくって、ロベスピエールが恐怖政治で一時的には抑え込むんだけど、山岳派が排除された後、ブルジョワジーたちによる革命が貫徹されたのは、英雄ナポレオンが対外戦争に勝ちまくったからなのかな、とか。

 あと、西郷は征韓論ではなく、「アジア各国が協力して西欧の脅威に立ち向かおう」という斉彬以来の理想を実現するために自分を遣わせてくれ、という遣韓論であり、実は大久保の方が面倒くさい同盟よりも、手っ取り早く植民地にしてロシアにそなえようという積極的な征韓論者だったというのもなるほどな、と。事実、1873年の西郷下野後、すぐ翌74年には台湾出兵、75年の江華島事件などを起こすわけで。

 征韓論での下野で決着する明治6年の政変については《2年近くも国を留守にしていた岩倉、大久保、伊藤たちによる主権回復運動だったように思えるのです》というのはなるほどな、と(p.225)。また、留守政府という言い方はおかしく、西郷たちが本来の政府、大久保たちは政府の派遣視察団という指摘もハッとさせられました。留守政府という言い方は、政争に勝った側の言い方だ、と。

 大久保は実に偉大な政治家だったと思うのですが、民意を聞いたり、儒教国家からの脱皮を促して同盟したりするといったまどろっこしいことをせず、官僚と軍がさっさと実行するというやり方は《日本の政府が今もいま一つ国民にとって自分たちの政府と感じられない部分をつくった》という言い方は素晴らしいと感じました。

 また、一橋慶喜を将軍にして幕藩体制の改革を目指した勢力が、斉彬の死と安政の大獄で挫折。当事者の水戸藩が直弼を暗殺したまではよかったが、藤田東湖を安政地震で失っていた水戸藩は有効な手を打てず、薩長にやられたのかな、とも思いました。

|

« プラド美術館展 | Main | 『倭の五王』 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/66668426

Listed below are links to weblogs that reference 『素顔の西郷隆盛』:

« プラド美術館展 | Main | 『倭の五王』 »