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April 15, 2018

『近代日本150年 科学技術総力戦体制の破綻』

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『近代日本150年 科学技術総力戦体制の破綻』山本義隆、岩波新書

 腰巻の「黒船から福島まで」が効いている。山本さんは反原発で、その理由として過酷事故の時にECCSが働くかどうか分からないなんて言ってるわけですが、ま、そうした部分は置いといて、まだ、駿台予備校で頑張っているんだな、と。偉いもんです。

 この本は東大全共闘時代からの「自己否定」を、日本の理系研究者に向けて問うた印象。その前提となっているのは、戦前の革新官僚によって道筋がつけられた国家総動員体制が、戦後は高度成長に向けられたという見立て。この見立ては現代史の研究成果の上に立っていると思うので、日本近現代史を技術史から補強する、という本になっているな、と。

 山本さんらしく、前書きからラジカル。

 個人的に、映画『この世の片隅で』みたいな作品を原爆レクイエムとしてとらえる一般の日本人に「ああした映画をいつまでもありがたがっているのはいかがなものか」と書いたら猛烈なクレームつけられて辟易としたことがあるのですが、原爆に関しては《1945年に原子爆弾二発で大日本帝国は崩壊した》というのがクリアカットな見方なんだろうな、と改めて思いますね(p.v)。

 そして本文。

 西洋でも19世紀までは客観的法則性を考究するアカデミズムと無関係に技術は営まれてきた、と。錬金術みたいなものの失敗と、その中から得られるたまたま素晴らしい成果や、なんでこうなっているのか分からないけど、その現実の上に論理展開していくという、職人技みたいな積み重ねで技術は発展していったわけです。

 当時はアタマの中で考えたイデアがアカデミックな世界では全てだったわけですが、19世紀後半になって学問と技術の相互依存関係が初めて生まれたわけですが、その時に文明開化した日本は、技術を厳密な学問に裏付けられたものと誤解し、もっぱら科学を「実用の学」として評価するようになった、という指摘はなるほどな、と(p.29-)。

 日清戦争の賠償金で京都大学が創られ、帝大が東京帝国大学にかわった1897年の頃には、理系の教育もほとんど邦人が当たるようになった。『物理学述語和英仏独対訳字書』の発行も88年。西洋で神学の素養がなくても物理学が習得できるようになったのも19世紀後半だった(p.57-)というあたりの連関も面白いな、と。

 電信は西南戦争で圧倒的な威力を発揮、薩摩軍の動きを大本営は前線から受け取ることができたわけですが、このため日清戦争前に釜山~九州の電信線を敷設。勝利後は釜山、京城、仁川、平壌を鉄道で結び日露戦争の兵站を確保したそうです(p.94-)。旧軍はモルトケに影響受けてたから、電信、鉄道の利用を進めたんだな、ということが分かります。

 京都大学は日清戦争の賠償金で創られたが、九州と東北の帝国大学は、足尾銅山鉱毒問題の非難をかわすため、古河鉱業が寄付したのもの、というのは知らなかったな(p.105)。

 今でも間組はトンネル工事で有名ですが、そのルーツが地理的には北朝鮮での水力発電だったというのも知らなかった(p.141)。朝鮮半島の北の分水嶺の西側にダムをつくり、山脈を貫通する水路で勾配の急な東側に水を落として発電、チッソを中心とする重化学工業コンビナートに送電する、と。工業面での当初の北朝鮮の優位性はここらへんにあったな、と。

 とにかく、日本が1941年に鴨緑河で稼働させた水豊ダムの最大出力は70万kwというのに驚きました。この発電量は原発並み。日本が世界銀行から借金して建設した黒四ダムの発電量は33.5万kwだから、その2倍の規模なわけですから。にしても、北朝鮮では日本語マニュアルで運用していると言われているけど、どうなんでしょ(p.141)。

 この水豊ダムなど、併合期のインフラは北に偏重していました。南は北への通過点みたいな感じのインフラ整備政策だったから、しばらくは北の方が優位だったわけだし、北朝鮮に投資が可能になったら、日本の資本がドーンと行くんじゃないかという予想も、ここら辺があるから…。

 南部=韓国側のインフラ整備は、釜山~平壌などの鉄道敷設とか、通過点みたいなものが多く、著者は鄭在貞の「国民経済の形成を歪曲し、現地人の主体的成長を抑圧」という部分を引用していたけど、南北一体で考えれば、整合性はなくもないというか。まあ、中国東北部が本命だったわけですけど。

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 哲学者とも思えない粗雑で主観的な一節と批判された船山信一は西田左派に属して治安維持法で逮捕されているから、この文章(写真参照)は転向後に昭和研究会で近衛に協力していた時期かな。フォイエルバッハの『キリスト教の本質』はこの人の訳で読んだ。弟の子供が新しい歴史教科書の藤岡某なんですが…。

 1938年に厚生省が陸軍の主導で内務省から独立し、X線検査など結核予防システムが翌年から採用されたのですが、これも戦争が健民皆兵を必要としていたから(p.192)。

 食糧管理制度と国民健康保険制度が総力戦への動員を目的に導入されるなど、日本型経済システムは戦前から継承され、官僚制度も内務省以外は無傷で残った。産学に対する官の指導性という思想も引き継がれ、高度成長を実現、と(p.216-)。官の優位性思想は戦前の革新官僚から?なんて感じました。

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