« 『中華の崩壊と拡大(魏晋南北朝)』 | Main | 『スターウォーズ 最後のジェダイ』 »

February 02, 2018

『棋士とAI』

Go_ai

『棋士とAI』王銘琬、岩波新書

 岩波新書の新刊では、アルファ碁の振る舞いについても書いてありそうなので『棋士とAI』を購入。著者の王九段は本因坊2期の実力者。

 驚いたのはアルファ碁が部分の攻防という概念を持たずに、常に全体を見ながら過去の棋譜や自己対戦から一番勝率が高いと思われる場所に打っていること。この驚きを囲碁を知らない方々にどう説明したらいいのか…。個々の局面での攻防などは考慮せず、人間の最強棋士が部分で頑張っても、真綿で首を締めるよう感じで圧倒していくという。

 ぼくはまさかイ・セドル九段がAIに破れるとは思ってもみなかったんですが、そのをイ・セドル九段破ったアルファ碁を改良して汎用性を持たせたマスターバージョンは人類最強棋士の柯潔に圧勝。さらに、これまでは人間の棋譜などで学習してきたのをやめて、ゼロからの「教師なし学習」というディープラーニング手法に変更したアルファ碁ゼロは、柯潔を圧倒したマスターバージョンに100戦して89勝するまでになっています。少し安堵できるのは、その打ち手が人間が長年構築してきたものと似ていはいるんことですが、とにかく人間は師でなくなった、と。

 もう、囲碁を強くする方向では開発していないようですが、アルファ碁ゼロは人類最強棋士より3子強いと言われています。これは、100メートル7秒の記録だと王九段は喩えます。つまり、人類には到達不可能な領域だ、と。

 それ以上に重要なのは、アルファ碁によってAIの開発方向はディープラーニングに絞られたこと。

 さらに《説明ではないものを人間はだいたい「感覚」という言葉でそれを言い表しますが、ディープラーニングはその感覚を学習できる》らしいこと(p.5)。ただし「それをどうして覚えられたかが説明できない」というか、認識を獲得する過程は追跡できないそうです。

 これは ヴ ィトゲンシュタインの言語論に似ているな、と(数列の並びから規則=ルールを理解できれば、言葉が理解できたとことになり、数と言葉は同じ起原を持つ、みたいな。つまり、人間が数列を理解しなければ、数列は存在しない。規則=ルールは、この世界を世界たらしめている、究極の根拠となっている、みたいな)。

 アルファ碁ゼロは以前のバージョンと比べ、仕組みがさらにシンプルになって、そのアルゴリズムは美しいそうです。柯潔戦後、開発者であるハサビスはAIの能力が人間を超えたことで敵意を持たれることを警戒し、「人間とコンピュータが競わない時代」を強調し、世界は「どうAIを乗りこなすか」に視点が移った、と。

 ぼくは初段あるかないかのザル碁打ちですが『棋士とAI』で一番驚いたのは、アルファ碁が勝負を決める「地」の多さの予想(読み)で形勢を判断するのではなく、この局面は勝率n%である、と判断していること。局面の判断に、シミュレーションによる評価を加味して、勝率が一番近い手を選んで最後まで打つというんですが、実は人間の囲碁では確率は全く使われていなかったんです。

 逆に重視されていたのが部分。

 人類がアルファ碁に勝利した最後の戦いとして記録されるであろうイ・セドルとの第四戦。イ・セドルが放った予想外の割込みで、アルファ碁は唯一の敗北を喫したが、それは予測不能な事態が発生し、敗北が必至になった時に、ヒトがよくとる「いつか何とかなるかもしれない」という先送り戦略だった、というのも興味深い(p.62)。

 実はイ・セドルの割込みは成立していない手で、相手が人間ならばすぐに敗着につながる手だったんですが、アルファ碁はそれまで過去の棋譜を過学習していたので、見落としていた、と。都合の悪いことが起きたため、それを視野の外に追い出してしまったため、明らかに悪い手を連発してしまう「水平線効果」で負けた、と。

 人間は「ねばってもムダ」という常識を持っているから、囲碁ならばすぐに投了するんですが、実生活では違った「問題の先送り」的な態度をとりがちなのはセイラー行動経済学でも実証済み。つまり、AIにあらわれる「水平線効果」は実に人間的な態度だ、と。

 将来、量子コンピュータによって10の360乗という囲碁の変化が全解析されるかもしれないそうです(宇宙の原子数は10の80乗)。人間は囲碁に強さ求めてきましたが、それを極めた時の虚しさが見え始めたわけです。だれが必勝パターンがわかっているゲームを面白がってやるでしょう。だから、実は今こそ、勝利を目指す行動パターンを考え直す時がきていて、それは囲碁に限ったことではない、というあたりはなるほどな、と(p.164)。

 著者の王さんは台湾生まれで、14才で日本に来て、一番驚いたのは、日本人が考える人間の基本が「他人を築きつけてはいけない」と言われたことだとしています。それまで台湾では外敵をやっつけるのが使命だと教えられてきた、と。

 日本のプロ棋戦では終局後の検討で敗者に少し譲ります。「そう打たれていたら、こちらが悪かったかもしれませんね」と。それは囲碁の真相が分かってないことからくる自制なのかもしれない、と。

 『棋士とAI』読んでいて、アルファ碁から復活しつつあった囲碁愛が再燃。学生の頃から始めた囲碁だけど、今日、初めて日本棋院の会員となりました。kiin Editorで棋譜を並べるのが目的の無料の情報会員だけど、なんか感動。

 江戸時代の本因坊道策の棋譜を並べてみたくなりました。あと、高川格名誉本因坊の棋譜。

 韓流ドラマって観たことがないので、《御曹司の父が創業者で、囲碁が趣味というのが定番になっているように、碁を打つ人は「できる」イメージがもたれています》って知らなかった(p.31)。

|

« 『中華の崩壊と拡大(魏晋南北朝)』 | Main | 『スターウォーズ 最後のジェダイ』 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/66348361

Listed below are links to weblogs that reference 『棋士とAI』:

« 『中華の崩壊と拡大(魏晋南北朝)』 | Main | 『スターウォーズ 最後のジェダイ』 »