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October 18, 2017

『小説フランス革命』第2部(単行本 9巻 ジャコバン派の独裁)

 8巻は1793年1月のルイ16世の処刑で終わりますから、もうここまで来ると、『小説フランス革命』のラストであるテルミドール9日のクーデターで倒されたロベスピエールが死ぬまで1年半しかありません。この1年半を4巻で描くわけですが、簡単に概観します。

 1793年前半はフランスにとって苦境の年です。1月に国王を処刑したことで、2月には中立を守っていたイギリスが反フランスに転じて第一次対仏大同盟が結成され、フランスは列強に包囲された形となります。また、リヨン、ヴァンデで国王派による叛乱が起こるなど国内も混乱。しかし、王の住むベルサイユの下町となっていたパリでは貧困層のサンキュロットを中心に革命派が強く、政治を動かし続けます。

 日本史に置きかえると平安末期の僧兵のような存在とでもいいましょうか(社会、経済的に違うことは分かっています)、いつ蜂起を起こすか分からないという意味で社会の不安定要素となります。

 パリのサンキュロットの蜂起は5回中3回成功しています。9月虐殺は大騒擾事件なので入れますと、年表は以下のようになります。

1789年7月のバスティーユ
1792年6月のティルリー宮殿襲撃(失敗)
1792年8月のティルリー宮殿襲撃(成功して王制廃止、共和国の樹立)
1792年9月の9月虐殺(逮捕されていた反革命容疑者を牢獄で襲っての大量虐殺)
1793年5月の国民公会包囲によるジロンド派追放
1794年3月の神聖蜂起(失敗)

 このうちバスティーユは自然発生的なものでしたが、ルイ16世ら王族の住居となっていたティルリー宮殿への2回の襲撃はダントン、1793年5月と1794年3月の蜂起はエベールによって組織されました。

 ダントンは蜂起でブルジョワのフイヤン派を追放、エベールはジャコバン派内のブルジョワ派であるジロンド派の追放に成功しますが、共にロベスピエールによって「走狗煮らる」感じで逮捕、処刑されます。

 しかし、こうした動きを先導したマラーは暗殺され、1794年3月にダントンとエベールを処刑して唯一の革命の星となったロベスピエールの絶頂期はわずか4ヵ月しか持たず、テルミドールで露と消えることになります。

 9巻はマラーの暗殺とサンキュロットのリーダーとなり、日本史で言えば今太閤のような庶民派の人気者となり、最高権力者の座を狙うまでに増長したエベールが絶頂期を迎えるまでを描きます。

 『デュシェーヌ親父』(Le Pere Duchesne)は1790年9月にエベールが創刊した新聞。卑猥で、結辞にfoutre(Merdeより汚い言葉)を使うこの新聞は大衆の支持を受け、革命の混乱の中でちゃっかりパリ市第二助役におさまります。9巻の始まる1793年前半、パリでは不景気による食料暴動が起きていました。まあ、革命、対外戦争、植民地暴動からくる財政難に見舞われていたわけですから。また、激昂派と呼ばれた急進派も現れるなど、混乱は深まります。

 大衆が要求するのは食料品の価格統制。しかし、自由経済こそ、革命が手に入れた最大の果実でもあるわけです。ジャコバン派の中でもボルドーなど地方出身のブルジョワが多かったジロンド派は、対外的には好戦派でしたが、国内経済政策はレッセフォールでした。しかし、対外戦争はうまく行かず、神の見えざる手も働きません。で、激昂派やエベール派が台頭してきた、と。

 戦争を始めたジロンド派はデュムーリエ将軍の頑張りでベルギーからオーストリアを追い出すなど、革命の輸出にも成功しますが、タレイランの工作で中立を保っていたイギリスもルイ16世を処刑したことで参戦、ピットは「対フランス大同盟」を成立させます。

 国内では9月虐殺の反省から革命裁判所が設立されます。この悪名高き革命裁判所は、オーストリアがパリに迫った時に「背後を突かれてはたまらない」ということで、自然発生的に起こった住民による9月の虐殺を二度と起こしてはいけない、ということで少しでも正式な手続きをするため設置されたわけですが、まさに地獄の道は善意で舗装されてるという感じの展開をみせます。

 この職員にデムーランの推薦で就任したフーキエ・ターンヴィルは、最初こそデムーランの指示通り動きますが、最後にはデムーランやロペピエールまでもギロチン台に送り、やがて自らも露と消えることになるのは宜なるかな。

 国内政治では政権を握るジロンド派によって攻撃されたダントンが反撃、デュムーリエ将軍はクーデタを起こそうとしますが失敗。いつのまにか「中央で公安委員会、地方で派遣委員、睨まれた者は革命裁判所送り」という体制がジロンド派抜きで進められ、焦ったジロンド派は議会でマラ逮捕を評決します。しかし、なんと革命裁判所に押し掛けた民衆の力によってマラは奪還される始末。ジロンド派は追い詰められてしまうのです。

 サッカーのフランス代表チームを「レ・ブリュ」と言うけど、これはフランス革命当時のヴァンデの叛乱で、王党派が白軍(白服)と称して、共和国側を青軍(青服)と呼んだことにも由来していたりして(p.192)。

 やがて激昂派が蜂起。人数が揃わなかったものの、エベールらがカネをバラ蒔いてサンキュロットを集めて…というところで10巻へ。

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