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October 20, 2017

『小説フランス革命』第2部(単行本 11巻 徳の政治)

 フランス革命の人類史的な偉大さは理想を掲げて行われた政変だったということでしょう。そして《貧者の生きる権利が高く掲げられたフランス革命93年の段階があったからこそ生存権という基本的考えも日本国憲法第二十五条に書かれるようになっているのであり「現代日本の私たちは、あの恐怖政治の血まみれの手からの贈り物を受けているのです」》から(遅塚忠躬『フランス革命 歴史における劇薬』p.169)。

 誇り高く人権宣言を採択したものの、あとは立憲君主制ぐらいでお茶を濁そうという段階で、さらに、普通選挙を求めたのはロベスピエールでした。さらに反戦、自由主義経済への国家の介入などを求めて政治的な闘争を続け、最終的には「徳の政治」を目指します。

 「恐怖というのは徳の発露だ」とロベスピエールは演説します(p.60)。「革命を停滞させないための独裁なのだ」と自己弁護も図りますが(p.188)、Le Regne de la vertu(徳の政治)がいつの間にかLe Regne de la terreur et la vertu(恐怖と徳の政治)になってしまい、最終的にはテルミドールの反動で惨めな敗北を喫し、ギロチン台の露と消えることになります。

 最初に共和制を叫んだのはジロンド派でしたが、彼らのような中途半端なやり方ではなく、公安委員会に権力が統一されたことにより、直接、将軍たちを指導することで、11巻では対外戦争が好転してきます。中でもイギリスに奪われたというか、イギリス軍を招き入れてしまったトゥーロン海軍基地の奪還はメルクマールとなる出来事で、ナポレオンが砲兵隊長として活躍、歴史の表舞台に出てきます。

 こうした中、中央の政治ではエベールらの過激派と、ダントンやデムーランの寛容派との対立が激化してきます。1793年も不作で、サンキュロットたちの不満は1794年になるとますますつのってきたからです。それを過激派は煽って、あわよくば政権も奪おうとしていた、と。

 こうした中で、サン・ジュストは貧しき愛国者を革命の敵の財産を没収することで救済するという方針を打ち出します。

 所有権の崩壊につながりかねないこの政策に穏健派は反撥、過激派の方も自分たちの出番がなくなると危機感をつのらせます。

 これまでフランス革命は常に左が右を倒してきました。フイヤン派、ジロンド派が処断され、ロベスピエールは常に左よりになる中央にいて権力を握ってきたわけですが、庶民の無政府主義的な蜂起が続いたことに対応するためというか、暴力を管理するため、一気に自らが「徳の政治」を掲げて最左派となろうとした、と(p.104)。そしてバランスをとるためにも右派の寛容派も切る、と。

 追い込まれたエベール派は、公安委員会を倒すべく蜂起を企てますが、盛り上がりに欠けてあえなく失敗。ダントンとデムーランもロベスピエールとの関係修復を試みますが、ロベスピエールはサン・ジュストらと両方を逮捕する道を選びます。

1794年3月4日:エベールらの蜂起(失敗)
1794年3月10日:ダントン派(寛容派)一斉逮捕
3月13日~14日:エベール派一斉逮捕

 そして、フィクションというか想像をたくましくしたんでしょうが、ロベスピエールは密かに愛したデムーランの妻リシュルも断頭台に送る、というところで11巻は終わります。

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