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August 14, 2017

『ギリシア人の物語II』

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『ギリシア人の物語II』塩野七生、新潮社

随分、前に読んだんですが、忘れていていました。

 例えば、外国の方が源氏物語が好きだかといって研究していても、和歌の部分とか、その後の文芸への展開、日本語に残る影響や貴族と武家との関係などの理解は、やはり長い間日本で生活し、日本語に接してきた者にはなかなか勝てないのかな、と思うんですよ。ぼくもギリシア語は好きですし、翻訳も含めて一通りのものには接してきたつもりですが、やはり「お勉強」という部分があって、ヨーロッパの子たちがグレコローマンの古典に接してきたり、楽しみとして英雄伝を読んでいるようなのにはかなわないな、と思うんです。

 ですから、「日本人には馴染みがなそうだな」といった部分を、読者のプライドを壊さずに、丁寧に説明してくれる塩野さんの書き方というのは、ありがたいな、と。

 平和を表す言葉のほとんどはラテン語のPAXを語源にしているのは、4年に1度、オリンピックという休戦が必要なほど争いごとの好きなギリシア人が、あらゆる概念を創り出したにもかかわらず、「続くからこそ平和」という概念だけはローマ人を待たねばならなかった、とか(p.29)。

 アイソキュロスはサラミスの海戦に参加していたから第三か第四階級出身、ソフォクレスは「ストラテゴス」に当選したから第一階級とか。アテネ海軍と戦ったサモス海軍を率いたのも哲学者メリトスとか。


 『ギリシア人の物語II』はペルシアという大敵を破にもかかわらず、それ故に陶片追放されたテミストクレスの後を継いだペリクレスによる治世が中心。

 ペリクレスは、それまで父親だけでなく母親もアテネ市民権所持者でなければアテネ市民権を持てない法を可決させて長い治世をスタートをさせた。ペルシャ戦役の勝利によって流入する市民への不満が高まり、それを制限するためだが(p.41)、こうしたところは今も昔も変わらないなと思うと同時に、民主政とは安全保障と表裏一体のもので、アテネの民主政は戦場に連れて行ける兵士の数を増やすという意図がひそんでいたのだろうな、と(p.49)。

 ペリクレス治世の後半、スパルタとのペロポネソス戦争は本当にだらだらと続くが、それでもアテネは安定していた。しかし、ペリクレスの後を継いだアルキビアデスは、デマゴーグたちによって3度も道半ばで失脚させられ、挙句の果てに元は奴隷という司令官に裏切られて全てを失う。

 美しいアルキビアデスと共にペリクレスに館にたむろし、彼を愛していたソクラテスも、その一年後に毒杯をあおぎ、アテネの黄金期=ギリシアの黄金期はあっけなく幕を閉じる。そしてペリクレスの死んだ年に『オイディプス王』が上演された、というのには驚く(p.175)。ペリクレスはギリシアの父だったのだろう。

 シラクサ遠征は、アテネにとってペロポネソス戦争をベトナム戦争みたいなものに変えていくが、プラトンの『饗宴』にも出てくるアルキビアデスというリーダーを追訴して追放し、戦力の逐次投入という負け戦の常套手段をとらせる衆愚政治というのは、いまも昔もニンゲンなんて変わらないな、と思わせる。

 さらに、ペリクレス時代とそれ以後のちがいの一つは、やたら告訴しては裁きの場に引き出すことの乱発(p.315)。ポピュリズム全盛の今の世にも当てはまるというか、こうしたところはサルが先祖のニンゲンは変わらないのかな、と。

 《残念なことではあるけれど、人類は、戦争そのものが嫌いなのではない。長期戦になり、しかも敗色が濃くなった戦争が嫌いなのである。それゆえ、名将とされる人は全員、一度で勝負が決する会戦に賭ける。それが陸上か海上かは、関係ない》というののは名言(p.371)。真珠湾の高揚とか、どれほどのものだったろうか、と思う。
 
 以下は箇条書きで。
 
 パルテノン神殿をつくったフィディアスは完成後二年後に死に、建設を企画したペリクレスも三年後には世を去る。神殿はこの2人の「作品(オペラ)」だった(p.69)。

 社会生活を満喫できたローマ人の女性と比べて、ギリシア人の女は外出の機会もほとんどなかった(p.96)。

 ペリクレスが同世代のソクラテスに興味を持たなかったのは、《国民は、国政の担当者に、哲学的な深遠な思索は求めてはいない》から(p.99)。プラトンの哲人政治の構想は、その反動?


塩野さんも引用しているあまりにも有名なペリクレスの演説では終わります。

《『BC443年 オリンポスにて ~アテネ民主制の理想~ ペリクレスの演説』

 われらがいかなる理想を追求して今日への道を歩んできたのか、いかなる政治を理想とし、いかなる人間を理想とすることによって今日のアテーナイ(アテネ)の大をなすこととなったのか、これを先ず私は明らかにして戦没将士にささげる讃辞の前置きとしたい。この理念を語ることは今この場にまことにふさわしく、また市民も他国の人々もこの場に集う者すべて、これに耳を傾けるものには益する所があると信ずる。
 われらの政体は他国の制度を追従するものではない。ひとの理想を追うのではなく、ひとをしてわが範を習わしめるものである。その名は、少数者の独占を排し多数者の公平を守ることを旨として、民主政治と呼ばれる。わが国においては、個人間に紛争が生ずれば、法律の定めによってすべての人に平等な発言が認められる。だが一個人が才能の秀でていることが世にわかれば、無差別なる平等の理を排し世人の認めるその人の能力に応じて、公けの高い地位を授けられる。またたとえ貧窮に身を起そうとも、ポリスに益をなす力をもつ人ならば、貧しさゆえに道をとざされることはない。われらはあくまでも自由に公けにつくす道をもち、また日々互いに猜疑の眼を恐れることなく自由な生活を享受している。
 よし隣人が己れの楽しみを求めても、これを怒ったり、あるいは実害なしとはいえ不快を催すような冷視を浴せることはない。私の生活においてわれらは互いに制肘を加えることはしない、だが事公けに関するときは、法を犯す振舞いを深く恥じおそれる。時の政治をあずかる者に従い、法を敬い、とくに、侵された者を救う掟と、万人に廉恥の心を呼びさます不文の掟とを、厚く尊ぶことを忘れない。
 また、戦の訓練に眼をうつせば、われらは次の点において敵側よりもすぐれている。先ず、われらは何人にたいしてもポリスを開放し、決して遠つ国の人々を追うたことはなく、学問であれ見物であれ、知識を人に拒んだためしはない。敵に見られては損をする、という考えをわれらは持っていないのだ。なぜかと言えば、われらが力と頼むのは、戦の仕掛や虚構ではなく、事を成さんとするわれら自身の敢然たる意欲をおいてほかにないからである。子弟の教育においても、彼我の距りは大きい。かれらは幼くして厳格な訓練をはじめて、勇気の涵養につとめるが、われらは自由の気風に育ちながら、彼我対等の陣をかまえて危険にたじろぐことはない。
 これは次の一例をもってしても明らかである。ラケダイモーン人はわが国土を攻めるとき、けっして単独ではなく、全同盟の諸兵を率いてやって来る。しかるにわれらは他国を攻めるに、アテーナイ人だけの力で難なく敵地に入り、己が家財の防禦にいとまない敵勢と戦って、立派にかれらを屈服させることができる。
 われらは質朴なる美を愛し、柔弱に堕することなき知を愛する。われらは富を行動の礎とするが、いたずらに富を誇らない。また身の貧しさを認めることを恥とはしないが、貧困を克服する努力を怠るのを深く恥じる。そして己れの家計同様に国の計にもよく心を用い、己れの生業に熟達をはげむかたわら、国政の進むべき道に充分な判断をもつように心得る。ただわれらのみは、公私両域の活動に関与せぬものを閑を楽しむ人とは言わず、ただ無益な人間と見做す。そしてわれら市民自身、決議を求められれば判断を下しうることはもちろん、提議された問題を正しく理解することができる。理をわけた議論を行動の妨げとは考えず、行動にうつる前にことをわけて理解していないときこそかえって失敗を招く、と考えているからだ。この点についてもわれらの態度は他者の慣習から隔絶している。われらは打たんとする手を理詰めに考えぬいて行動に移るとき、もっとも果敢に行動できる。
 まとめて言えば、われらのポリス全体はギリシアが追うべき理想の顕現であり、われら一人一人の市民は、人生の広い諸活動に通暁し、自由人の品位を持し、己れの知性の円熟を期することができると思う。そしてこれがたんなるこの場の高言ではなく、事実をふまえた真実である証拠は、かくの如き人間の力によってわれらが築いたポリスの力が遺憾なく示している。なぜならば、列強の中でただわれらのポリスのみが試練に直面して名声を凌ぐ成果をかちえ、ただわれらのポリスに対してのみは敗退した敵すらも畏怖をつよくして恨みをのこさず、従う属国も盟主の徳をみとめて非難をならさない。かくも偉大な証績をもってわが国力を衆目に明らかにしたわれらは、今日の世界のみならず、遠き末世にいたるまで世人の賞嘆のまととなるだろう》
『戦史』トゥーキュディデース著、久保正彰訳、岩波文庫 (抄)

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