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May 17, 2017

『ロシア革命』岩波新書、池田嘉郎

『ロシア革命』岩波新書、池田嘉郎

 書評というよりロシア革命に関する思い、みたいなところから書きますと、トロツキーの角川文庫の大著を分からないところは飛ばしながらも読んだのは高校生の頃。大学に入ってからは『歴史とは何か』のカーが簡潔にまとめてくれた本を読んだぐらいでしょうか。トロツキーのは当事者が書いたということもあり細かすぎ、カーのは簡略にすぎましたが、どちらもレーニン無謬説が前提だったように思います(ジョン・リードのも、読みかえしてはいませんがボルシェビキ贔屓がすぎるといいますか)。

 レーニンの無謬性は、ロシア革命が最悪の状況となる前に倒れたという、処刑されなかったロベスピエールという感じの生涯の閉じ方も関係していると思います。革命運動、革命後の統治の矛盾をすべて引きうけたスターリンに悪役を押しつけて生けるがごとくクレムリンで眠っているというのがレーニンのイメージでした。

 こうしたイメージは映画でも増幅されます。エイゼンシュテインの『十月』だったと思いますが、ペトログラード・ソヴィエトの労兵の前に姿を現すレーニンに付けられた字幕は「これが、これが、レーニン」だったと思います(『十月』はサイレントにしては字幕が少ない映画でしたので、余計に印象的でした)。

 ロシア革命って最後はレーニンのボルシェビキが勝つわけですけど、いま思えば、ぼくが若い頃に読んで影響を受けた本はいずれも革命を肯定的に描きすぎていた感じがします。

 その点、池田嘉郎『ロシア革命』は二月革命の臨時政府がなぜ失敗したのかを中心に壮大な歴史のIfを提示してくれる感じで、十月革命に対する個人的な見方も随分変わったといいますか、目からウロコが何枚も落ちました。

 一番、変わったのはケレンスキーに対する見方。ケレンスキーは権力のうっちゃり方が情けなかったということも含めて、全体としては心情移入できない悪役で、二月から十月にかけてはダース・ベイダーのような悪の権化のような印象でしたが、2月革命の頃、35歳だったんだなあと。

 子供じゃないですか…。

 読んだ時には凄い大人だと思だだけど、まあ、トロツキーも30代ですし、若いな、と。

 《「街頭の政治」とは噂、とりわけ陰謀に関する噂が人の心をとらえる政治である。そしてまた「敵」を探す政治でもあった》(p.69)というあたりを読むと人間ってのは変わらないな、と。こうした醜い政治の極北はスターリ二ストだけど、爽やかだったのは全共闘など少なかったな、と。

 しかし、それでもレーニンは、もし10年健康なら別の結果を出したんじゃないかと思う凄さはあります。四月テーゼも画期的というより、帝政が終わったばかりの農業国なのに、革命が可能だと宣言するパラダイム転換の勧め、みたいな感じだったのかな、と。

 それにしても、日露戦争の時の、帝国陸軍が防戦するしかなかった野戦のロシア陸軍と、二月革命時のアナーキーな兵士たち、その後のスターリン独裁下の対ドイツ戦で無残に犬死にしていくソ連軍の兵士たちの心象風景の連続性が見えないんですが、どうなっているんですかね。そこだけ不満。

 カー『ロシア革命』はどうだったんだろと改めて読みかえしてみたら教条主義的で読めたもんじゃない。カーの『歴史とは何か』も日本ぐらいでしか評価されてない、というのも分かります。

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