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April 07, 2017

『応仁の乱』

Ounin_no_ran

『応仁の乱』呉座勇一、中公新書

 室町時代を現代に通じる日本の歴史の始まり、とする言い方は内藤湖南の「応仁の乱に就いて」で有名だが、丸山眞男も講義録の中で、応仁の乱を生き残った守護大名はほとんどなく、下克上で戦国大名にとって代わられ、それは荘園制に寄生した存在だった武士が、最初はその支配を京都と距離をとって進めるとともに政権運営能力を高め、元はといえば農民だった自分たちの「武士のエートス」を磨きながら、荘園制を最終的に浸食する過程の始まりだ、としている。

 岩波新書のシリーズ日本中世史では「鎌倉時代に耕地開発の飽和期を迎えた」という基本認識が示されており、そうしたゼロサム社会の中で、地方の武士たちの所領確保の欲求が増し、土木技術の未熟さなどから耕地開発も災害への脆弱性をはらんだものとなり、江戸時代に耕地が拡大するまではなかなか人口も増えなかった、という大まかな見取り図を持っていた。

 そうした中、15世紀、中国大陸中央部で目覚ましく経済が拡大し、その結果、周辺のヌルハチの辺境軍事勢力が活性化され、そこには豊臣秀吉も数えられる、というのが室町中後期から戦国時代かな、と思っている。

 呉座勇一『応仁の乱』は、そうした室町幕府が権力を弱体化させていった分水嶺のような大乱だが、何が原因で誰が勝ったか判然としない、という印象だった。それに対して、呉座勇一は応仁の乱は大名連合を束ねる細川勝元も統治に必要としていた家格の高い畠山家の家督争いが原因であり、庶子義就(よしひろ/よしなり)と政久・弟の政長のいつ果てるともわからない戦いが原因だと断じている。

 細川勝元が管領として必要とした畠山の家格は、やがて地元の領地を守る守護代などに応仁の乱に参加した在京守護が屈服することで新しい時代(日本的封建制)を迎える、と。

 鎌倉幕府も内ゲバなど戦いばかりで、足利幕府は大名たちによる得宗家に対する一揆とみることもできるという見方は新鮮。室町幕府は発足当初から兄弟間などの反乱に悩まされていたし、守護大名たちの連合政権だったというわけだ。

 それにしても、足利幕府の地方の戦乱を収められない具合は情けないほど。鎌倉幕府の場合、北条氏がまだ強かった感じるが、荘園の侵食とそれの武士同士での取り合いで中々、実力主義の戦いが続き、足利幕府時代は荘園が武士に恩賞出しまくっていった中で溶けていった、という感じも。また、分国支配の経験を持たない伊勢氏などの将軍側近と、在京を命じられた大名たちの確執というのも、大きな要因なのかな、と。

 やがて将軍を補佐する旧権威の細川に対して、新興の山名が対抗したのが応仁の乱。

 人物が入り組み、しかも、いずれも大したことのない人物であり、地侍たちに領地を奪われ、やがて真の意味での農民政治(土着の武力勢力)が行われれようになるのは歴史の必然というか、日本の唯物論的な面白さだと思うが、そうした戦いを興福寺のトップである僧侶、経覚と尋尊の日記を中心に描いたのが今回の『応仁の乱』。

 興福寺は藤原氏の氏寺だったということは知っていたけれど、院政によって摂関家の勢力が低下し、興福寺への人事に院が介入するようになったことから、強訴が始まった、という見立てにはなるほどな、と。天皇による王的支配(実子への攘夷)の強化→寺社の強訴→武士の台頭、というテコの支点は摂関家だったのか、と。

 実質的な主人公である畠山義就さえも「よしひろ」なのか「よしなり」なのか読み方が確定しないため、全体的に読み進みにくい印象はあるが、日本史の原点とも言えるような室町時代に関する知見を増やせることになったのは、ありがたい限り。

 それにしても呉座勇一さんは1980年生まれなんですね。日本史にも若い研究者がどんどん出てきているんだな、と実感できました。

 丸山真男が高く評価していた朝倉の活躍が意外と中途半端な感じを受けた。また、義尚が愛人関係にあった結城尚豊を近江守護に任じたりというあたりは、もっと書いてもらえるかと思ったけど、ふれられてもいなかったのは残念。

 いろいろありまして、長い間、ほおっておいたのですが、再開いたします。どうぞ、よろしくお願いします。

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