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October 24, 2016

『「持たざる国」からの脱却』

Motazaru_matsumoto

『「持たざる国」からの脱却 日本経済は再生しうるか』松元 崇、中公文庫

 元内閣府次官の松元崇さんは鈴木幸一IIJ会長の書評で知ったのですが、これまで『「持たざる国」への道  「あの戦争」と大日本帝国の破綻』(中公文庫) 、『恐慌に立ち向かった男 高橋是清』 (中公文庫) 、『山縣有朋の挫折―誰がための地方自治改革』(日本経済新聞出版社)と読んできて、財務分析から戦前の日本の問題点を明らかにしていく、という切り口が新鮮でした。

 この三冊をサマリーすると、日清戦争は、その償金によって金本位制の基礎をつくることができるなど、資本主義の発展をもたらしましたが、日露戦争は国家予算の7倍にも達する戦費をかけながら賠償が取れませんでした。日本の農村部は豊かで担税余力があったので、軍備を整えることができたわけですが、賠償を元にした農村へのテコ入れもできず、さらには潤った都市の財政を農村に入れる改革もできずに農村の貧窮化を招き、軍部が台頭してしまった、という史観になるでしょうか。

 今回の『「持たざる国」からの脱却』は、そうした財務官として行ってきた過去の分析から、内閣府次官となって以降、現代日本の問題に関する処方箋を示す内容となっています。ただ、内容は働き方に関する「北風の改革」ばかりで「南風の改革」は少なめ。

 とにかく、著者の示す処方箋は働き方改革と生産性向上。

 今の安倍内閣を進めようとしている大きな政策は労働基準法の改正と省庁横断で進めようとしている生産性向上、それに女性・高齢者・障害者の労働参加が三本柱になっていますが、そのうちの前2つを説明しようとした本いうか、元々、松元崇さんたちによる政策提言があったんですしょうかね。

 しかし、改めてみてみると、いずれも働き方に関するものだ、ということに驚きます。

 それもそのはず、松元崇さんによると「失われた20年」による日本の停滞は、労働市場がモジュール化されていないからだといいます。

 IT革命によってグローバルに生産がモジュール化されましたが、アメリカは労働力や経営もモジュール化できていたから、後進国の成長を取り込めた、と。しかし、日本は労働市場がモジュール化されていなかったから、円の独歩高が続くと、産業の空洞化が起こってしまい、結果として高い技術や技術開発力がありながらも、それを成長に結びつけられていない、と。

 日本がIT革命後のこうした生産構造の激変に対処できていないのは、企業は倒産するほどの事態でなければ従業員を解雇できないという慣行を裁判所が判例でつくったからだといいます(1975年の日本食塩製造事件)。

 企業は解雇できない従業員を定年まで手厚く面倒を見て、国は企業が従業員の面倒を見なくなる後半生の社会保障を充実させるという構造でやってきたのが高度成長以降の日本の姿だった、と。

 ところが、「失われた20年」で企業は不採算部門に社内失業者を大量に抱え、しかも、高度成長期のように景気が回復しないため、負担を人件費削減で従業員に求めることになります。

 幸せな人の生産性は37%、クリエティビティは300%高いのに、「失われた20年」の中で日本の正社員は労働密度が上昇し、一方、非正規社員もワークライフバランスの崩れた働き方を強いられて生産性が低下、経済成長も阻まれた、みたいな。

 国は「失われた20年」で雇用調整助成金を出して企業に余剰人員を抱えさせてましたが、これよる賃金抑制がデフレを招きましたが、さらにIT革命による世界の生産構造の激変によって世界中にモノが溢れデフレになってしまった、と。それまで世界の15%の先進国がハイテク製品を生産していたが、IT革命による生産構造の変化によって、残り85%の発展途上国がモノを生産するようになった。

 「デフレは日本の人口減だからやむをえない」という論調がほとんどだが、真の理由は世界の生産構造に対応できなくなったから、というのが著者のモチーフ。

 企業はベアゼロを続ければ、従業員の退職による世代ローテーションで全体の支払い賃金の総額は変わらず、さらに不補充によって正社員のやっていた仕事を非正規にやらせればグロスで人件費を減らすこともできるようになりました。また、個々の正社員は定期昇給があるので年々上昇していたので問題はないように感じていたので、大きな不満も出なかった、と。

 さらなに不採算部門の従業員を抱えるリスクを日本企業が学んだのがリーマンショック後の円の独歩高による空洞化。

 景気後退期には早めにレイオフする代わりに、景気が回復した時に思い切った投資を行えないと、伸ばせたハズの新たな雇用が失われることにもなります。

 世界中の経済関係者や投資家などが、一番注目しているのは、米国で毎月何万人の雇用が増加したかという統計です。毎月第一週金曜日(米国東部時間8:30)に発表されるのでJob Fridayと呼ばれますが、これによって株価、為替、コモディティ価格なども大きく変動します(週休二日制を導入した大統領に感謝状を送ったマルクスが見たら本当に喜ぶんじゃないかと思います)

 また、同じ生産性向上でも、ロボットによる置き換えは人と違って消費しないので、人を雇った場合のような消費拡大効果が出てこないので、大切なのは人間の生産性向上というあたりから、生産性の問題をクローズアップしていきます。

 日本ではローカル経済の大半を占めている第3次産業の低い付加価値が日本全体の生産性を引き下げ、好況時にはコストプッシュインフレで内外価格差を生んでいました。

 高度成長期にはトリクルダウンによって、そうした不合理も吸収できていましたが、いまや国内の生産性向上がみられないローカル企業の賃金抑制がグローバル企業の賃上げの足を引っ張っています。

 また、現在のような少子化による人手不足でコスト・プッシュ・インフレになっても高齢者の年金は物価スライドで伸びていくので実質購買力は落ちず、現役世代の可処分所得が減るだけという問題も引き起こしそうです。

 現在の発展途上国の格差拡大は、成金と貧しい工場労働者や農民の格差が拡大した第一次世界大戦後の日本と同じだと松元さんはみています。実は、日本の年功序列型賃金体系が一般化したのは先の大戦の戦時体制下。賃金統制による生活給の考え方は、1960年の所得倍増計画時に克服しようとしたんですが、高度成長が長く続き、企業は労働力の囲い込みを優先したため、制度が生き延びてしまった、と。

 裁判所は企業が解雇できるのは経営危機に陥った時だけという判例を確立すると同時に、残業命令に従わない従業員は懲戒解雇できるとして、こうした制度をより強固なものとします。しかし、これは裁判所によって会社が従業員の生活を保障するかわりに無限定に働かせるという日本独自の雇用慣行を正しいものとした、という問題点もはらみます。

 新規学卒一括採用制度が始まったのも戦時体制下。従来、日本の女性の労働参加率は高く、米国に追い越されるのは戦後の第一次石油危機以降。ただし、寿退社が前提。その後、女性の大卒は増えたが、多くの女性は派遣社員として低賃金で補助的な働き方に甘んじているのが現状です。

 戦前の総動員体制が実は現在の原型となっているのは、官僚たちの実感なんでしょうね。

 とにかくバブル崩壊後の1992年に167万人あった新規高卒求人は01年には1/6の27万人に、大卒も91年の84万人が01年には46万人に半減。いまでは若い男性の非正規問題も出てきました。

 アベノミクスによって、有効求人倍率は1.36と24年ぶりの高水準になりましたが、現在でも正社員は0.87にすぎません。
 
 中途採用の市場が十分機能していない日本では管理職での再就職は至難の業なので会社にしがみつくことになります。しかも、雇用の内容を明確に定めないメンバーシップ制の雇用形態のため、形だけの成果主義の賃金体系も導入され、正社員といっても給与も低く、定期昇給もない「名ばかり正社員」も登場する始末。

 子どもを産んで育てる代わりに、企業での昇進をあきらめるという「マミートラック」を選択した女性や、離婚して子どもを抱えた女性は非正規の職にしかつけない日本の状況は、19世紀の救貧法時代の英国に生まれたようなもの。IT企業でも、ベンチャー経営者のような昼夜を問わない働き方を社員にも押しつけるケースもあるといいます。

 とにかく、日本企業の採用方針は「地頭」さえ良ければいいというものだった。しかし、その後の環境変化で
、非正規社員がOJTをまともに受けられなくなると、教育が学校と職場をつなぐ仕組みとして機能しないことが問題になり、大学の文系不要論につながった、と。

 後半の様々な処方箋に関してはいいとこどりかな、と思いましたが、ドイツで導入しているんだから、日本でもぜひ「労働時間貯蓄制度」なんか導入したらいいんじゃないかと思います。

 これによって不況下でもレイオフを避けながら生産調整もできますし。

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