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October 09, 2016

『丸山眞男講義録3』#4

『丸山眞男講義録3』丸山眞男、東京大学出版会

[第四講 政党および代表制]

 第四講以降は、この政党論こそしっかり講義されていますが、「第五講 統治構造論」「第六講 政治体の均衡と変動」「結語」はあわせても8頁ぐらい。丸山眞男が学生に語りたかったのは心理的要素を重視し、自らがactorとなって働きかけ、しかも「安保闘争ぐらいで挫折しても無関心にならず、政治オンチにもなるな」ということだったと思います。

 ここでも民主政は本質的に矛盾概念であり《governするものとされるものの機能分化、さらに統治機構内部の階層的機能分化は、あらゆる社会価値(欲求対象)をすべての人間が無限に獲得・享受しえない限り、避けることはできないから》永久革命的な努力が必要なんだ、ということが語られています。

 丸山眞男が60年安保でシトワイヤン的側面(公民、政治的共同体の一員)の重要性を強調しすぎた、という批判も読みますが、そのオリジナルの吉本隆明さんにしても、闘争直後の熱気で書かされた部分はあったのかな、と今となっては思います。また、吉本さんの知り合いの兄で労働事務次官になった丸山眞男主義者がいて、そういうところからも丸山眞男の理念はかなり実現されている、と『吉本隆明が語る戦後55年』で語っています(p.75)。今後、講義録が出る前のこうした議論は変わっていくのかな、と感じます。

[政治的なるもの 政治体あるいは政治システム]

 《これまで、自我の世の中に対するイメージから出発して、態度形成の問題、集団化のプロセスを経て、リーダーシップへと、観点を下から上へと順次上昇させ》、その際《政治的状況を出来事―actorのイメージ―反応のプロセスとして、また、actor-相互作用として説明してきた》と。

 そしていよいよもっとも本来的な政治集団、政治組織である政党がテーマになる、と。

 政党の相互作用は「あらそうこと、まとめること、うごかすこと、きめること」で、それらが政治的なるものの構成要素だが、非政治的な出来事が政治的システムに入ると政治的出来事になる。

1)紛争・対立・闘争→極限では生殺与奪権
2)統合・調整・妥協→極限では友愛・団欒
3)運動・組織化
4)決定・裁定

 という政治システムの中でactorの相互作用が

a)社会、世の中の全体性のイメージに関連し
b)社会的価値の生産と配給についてのついての優先順位の決定に関連し
c)物理的強制の行使もしくは行使の威嚇を最後手段とすことについての正当・合法性のイメージに関連し
d)普通の、しかし限定された人間または集団のアウトプットをゴール達成に向かって組合せ、構造化することに関連するとき

 政治システムを語ることができる、と。

 このうちa)は政治的なるものの展望が、公共性にあることを示しb)は政治的なもののobjectiveが政策にあることを示しc)は政治の最終手段が物理的強制にあることを示しd)は政治の方法が一定範囲の人間行動の統制と組織化にあることを示す、と。

 東洋的な政治思想はa)にアクセントを置き、民の教育を重視した。また、国家はabcdのいずれかにアクセントをおいて発展してきた。

 また、カール・シュミットをこんどは否定的に引用します。それは彼の有名な「友と敵を区別するのが政治である。友敵関係を決定するのは国家の自主性にまかせられる。政治は主として国際関係にある。外交が内政に優先する」という言葉。

 仲正昌樹『カール・シュミット入門講座』の363頁によると、この言葉は「決定的な政治単位である国家は交戦権を持っているので、内外の多くの人の生殺与奪権を持っており、規範=正義を創出することと友/敵を分離することは表裏一体の関係にある。つまり、友/敵を分離することは、規範が通用し、正常性の基準が定まる内部空間を作り出すことになる」という意味だと思います。

 カール・シュミットは「ナチスの御用学者」というイメージが強く、扱いは難しいのですが、第三講では肯定的に引用していましたが、ここでは国内的な対立が過小評価され、全体性、統合性、目的性がはたらいていない「肉食獣的政治観」だと批判します。

 トマス・ペインは『コモン・センス』の中で《社会はわれわれの必要から生じ、政府は我々の悪徳(を抑えることによって消極的に幸福を増進させること)から生じる》と述べていますし、マルクス主義の政治観も「友/敵」論理に従っていますが、こうしたダークな議論はなかなか好きです。

 もっとも丸山眞男はどちらも、ひとつにアクセントをおきすぎるてバランスを欠いているという感じで、コミュニズムについては「対立と全体性の概念が統一されていない」としています。

[2 政党の本質と発展]

 日本において公共性を象徴するのは共同体と同一化された国家であり、天皇制国家と直結する官僚制は、政党に比して、ヨリ全体的なもの、したがったpublicなものを代表するとみなされていた。

 《山縣有朋が地方自治制を設けたのも、まさに地方農村を政争から超然とした「春風和気、子を育し孫を長ぜしめるの地たらしめる」という口実の下に、政党の浸潤を排して、官僚勢力の農村把握を確保するところに、根本意図があったのである》としています*1。

 ユンカーと官僚の強かったドイツでも、国家=全体、政党=部分というイメージがあり、これが大衆民主政の洗礼をうけて、ナチの民族共同体思想につながった、と。

 日本とドイツのように国家意識が強いところでは、国民の価値(一人ひとりの価値、究極には生命)が極端に低下い超国家主義に流れやすいというかファシズムにつながりやすいのかな、と思いますが《現代の政党に帰せられる自明的な地位は、19世紀の中頃までは、西欧諸国においてさえ、決して自明ではなかった》そうです。

 政党の起源はイギリスのToriesとWhigs。議会に対して責任を負う内閣制は、両党の対立のなかから、ウォルポール率いるWhigsが議会に安定した多数を確保しようとした努力の成果として生まれた。

 イギリスの二大政党制と責任内閣制の特徴は1)カトリックとnon-conformist(非国教徒)を政治的に排除して、宗教を中心とした政党形成の可能性が事実上消滅したという背景に確立し2)憲法政治のルールが長い慣行で確立した後に産業革命を迎えたという条件があった。

 ヨーロッパ大陸には1)宗教政党、特にカトリック政党をめぐる教権と俗権の関係が長く政治闘争のissue(争点)になり2)議会政治の確率過程が産業革命後の社会的大激動と時期的に重なりあって、階級対立の問題が初めから議会の深刻なissueとなった。

 本当の保守主義はイギリスだけにみられ、本当に議院内閣制が成功したのもイギリスだけといわれるのは偶然ではない。

 イギリスではWhips(院内幹事)に対して、選挙権が民主化されてcaucus(党員集会)を根拠とした職業政治家が党務に関与するようになった。また、この結果、代議士に対する規律が強化され、「代議士の独立性」は失われていった。

 1945年の敗北は伝統敵支配階級による支配を揺るがし、まさに革命だった。しかし、保守党青年部を中心に、選挙ごとに産業計画を説明するIndustrial Charterが発行され(40頁で6ペンス)、政策立案にたずさわるback-room boysを中心する政務調査に力を煎れるなどして立ち直った。

 近代政党の概念 政党は、政治的システムのなかのサブシステムとして、社会と当該政治的システム間に行われる産出投入関係の通常もっとも基本的な媒体をなすところの自発的組織。

a)政党は政治システムのなかのサブシステム。競争する他党派の存在を前提としているという意味でも部分partだが
b)政治システムを動かす主体たろうとする志向を持つ
c)そのため集団固有の利害をこえて社会についてのpublicな展望をもち、全体としての価値配分の決定に参加する
d)しかし、完全に公的決定の組織(統治機構)には吸収されない側面を持つ

 政党の機能は

イ)個別のactorの欲求・意思・情熱・利益・見解を政治システムに伝達し、政治体の動向や政策を社会に伝達するarticulation(声にする機能)
ロ)無限に文化した意思・利益・見解を共通項にくっつけて集中し、争点issueを単純化するaggregation(集約する機能)
ハ)社会の全体像の提供と長期的プランの提示

 競争的政党制の下では、政党の選択は政策の選択であると同時に、リーダーの選択でもある。

*1 『山縣有朋の挫折―誰がための地方自治改革』松元崇、日本経済新聞出版社によると、山縣は日本の伝統的なコミュニティを土台にして西洋諸国のいいとこ取りをして地方自治の基礎をつくったんですが、これによって日清戦争後の臥薪嘗胆の時期に地租増微という大増税を行って帝国海軍をつくることができたんだ、としています。松元さんによると、これは高橋是清の外債による満州派兵軍への食糧弾薬の補給と合わせて日露戦争の立役者的な功績だった、と。しかし、明治31年の隈板内閣で行われた猟官活動(あたかも群犬の肉を争うがごとくby徳富蘇峰)を懸念した山縣が文官任用令を改正することでこうした動きを封じると同時に、地方政治への興味を失っていき、明治32年の改正では郡を山縣閥による支配の道具としていきます(p.138)。こうした変身は星亨による利権政治に反発したたためで、山縣は政党政治の堕落から立憲政治を守ることを優先していくようになります(p.161)。

[3 政党とデモクラシー 政党論のむすび]

 戦前の日本の政党が大衆政党へ発展できなかったのは、天皇に直結する官僚制が公的決定者としての正統性を独占していたから。戦後でも高級官僚出身の政治家が優位で、社会的名誉も高い。そうした官僚機構への陳情は国家の慈恵への期待。

 議会制民主主義は政党の存在と活動なしには考えられない。

 民主政は本質的に矛盾概念。《governするものとされるものの機能分化、さらに統治機構内部の階層的機能分化は、あらゆる社会価値(欲求対象)をすべての人間が無限に獲得・享受しえない限り、避けることはできないから》《民主政が本質的に矛盾概念であるからこそ、それは不断の、また無限の過程または運動としての分裂のディレンマ、(公的)政策形成と(私的)利害実現のディレンマに不断に直面しつつ、これを打開していかねばならぬ》。

 しかし、本来、私的なクラブから発した政党はますます公的な組織に転化した、と。

 政党の大衆政党への発展、組織化は、闘争団体という本来の性格からくる内部統制によって国家(imperium in imperio)たらしめる。

 ドイツではワイマール期に、各々の政党が党員に制服を着せ、軍隊的規律と訓練を課し、ついには公然と武装した。その後、ナチはそれ自体が帝国となった。

 《一党独裁の出現は、前世紀からはじまる政党の国家浸透の極限形態》

 《ナチ党は、体制政党になって以後、特に占領地域を拡大して以後は、それ自体巨大な独占企業体であった》

 《民主政への信頼は、ある意味ではアマチュアが統治のエキスパートをコントロールする能力への信頼(「われわれは皆が皆必ずしも政策の立案者ではないが、それを判断する力をもっている」ペリクレス)》

 このため、革命家も含めたあらゆる職業政治家の危険は、普通人の感覚から離れること。

 「ドイツ人には党派的狂信性と党派的猫かぶりという一見矛盾した行動様式があるが、両者は同じ感覚、即ちuberparteiish(超党派的)な政治がありうるという根強い錯覚の上に立っている」byラートブルフ

 競争と闘争はロスを生むが、ロスは社会のヴァイタリティーの保持がはらわなければならぬ代償。

[代表の理論とその諸形態]

 カール・シュミットによるとrepresentareとは原義において、そこに現存していないものを現存させること。代表のディアレクティーク(弁証法)はa)代表されるものが見えないこと、つまりそこにないことb)それが代表によってそこにあらしめられること。

 単一性としてそこにない、つまり多数性としてしかないものが、代表によって単数として現れる。

 サンディカリズムの職能代表思想は、イタリアでは、ファシズム組合国家という反民主主義的な政治体制のなかに摂取され、フランコのスペイン、サラザールのポルトガル、ヴィシー治下でのフランスで試みられた。

 ファシズムでは労資を協同組合の中に統合してコントロールしようとするか、職業の社会的比重をいかに計量するかという問題で、致命的な困難に陥る。

 1918年のドイツ革命の際、ロシアのソビエト組織のような労兵協議会が各地に結成されたが、急進派は破れた。これは社民党という組織が帝政下で形成されていたから。

 コミューン的代表制であるソビエトは1870-71のパリコミューンで立法と行政を兼ね、人民によっていつでもリコールされるものとしてつくられ、半世紀後、レーニンによって着想が復活される。これルソー的な直接民主制の思想を背景にしている。ソビエトが当初、議会、官僚を否定していたのはレーニンが世界革命と国家の死滅を日程にのせていたから。しかし、これはユートピアだった。

 全体としての人民を誰が代表するかという問題は、ブルジョワ革命ではじめて鋭く意識された。

 マルクスは『ユダヤ人問題によせて』で人間は政治的共同体の一員(公民、シトワイヤン)としての性格と、市民社会の一員として(私人、ブルジョワ)の分裂を指摘していますが、ルソー的人民概念は、経済的人間が区別され、日常的欲求を持ち、privateな生活をもち、それをエンジョイする人間が軽蔑される。

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