« 『丸山眞男講義録2』#1 | Main | 『ハドソン川の奇跡』 »

September 30, 2016

『丸山眞男講義録2』#2

『丸山眞男講義録2』丸山眞男、東京大学出版会

[序説 国民(ネーション)および国民主義(ナショナリズム)についての若干の予備的考察]

 丸山眞男はナショナリズムを《きわめてデリケートな、ヨーロッパの学会でも最も難問とされているイデオロギー》として認識しています(『集5』p.78)。

 ドイツ語でnationalというのは、きわめてエモーショナルな響きをもった、憧憬をふくんだ言葉だから、英語のように散文的に乱用せず、くっつけられる言葉は偉大とか特性とかのシンボルを含むものに限定される、と。ナショナリズムの多義性は、このネーションの言葉の曖昧性と相互に規定しあっている、と。

 しかし、ネーションあるいはナショナリティーという社会的統一体を可能にするエレメントを支えているものは究極において、矛盾するようだがナショナリティの意識、いわゆる民族意識以外にありません。

 《だから国民とは同一の国民に属するという意識によって結びあわされた集団としか規定できない》(p.18)

 この循環論法のような構造は『日本政治思想史研究』でも、「国民」たるためには自らを政治的統一体として意識、意欲する国民意識の成立が必要だということで触れられています。

[近代的国民主義の特性]

 郷土愛とは畢竟環境愛にほかならず、環境愛は自己の外なるものへの伝習的な依存であるのに対し、国民の国家への結集はどこまでも一つの決断的な行為として表現されます。

 通常、この転換を決意せしめる外的刺激となるのが外国勢力。

 ローマ帝国も支那帝国も共属意識を起こさせられなかったのは、コミュニケーション手段の未発達が原因で、これは国民及び国民主義が広義において近代の所産であることを物語っている、と。

 《ナショナリズムは拡大された自我意識である。自我の発展が国家へと膨張する》

 このためナショナリズムは必然的に自分の内部に人民の政治参与への意向を含まざるを得ない。

 ナショナリズムは他国民の支配からの政治的独立と、自国内における政治的自己決定要求という二重の意味での政治的い゛こけってい要求として現れる。

 《その意味で、ナショナリズムは人間のかつて到達した最も高貴な意識、最も高度の精神的理性的な自己責任、決断の協働意識である。しかもこの意識が、同時に他方の極にもっと原始的な心情に根を下ろしているのである》

[ナショナリズムの変容(メタモルフォーゼ)]

 ナショナリズムの最も純粋な論理は「一民族一国家」の主張であり、フランス革命とナポレオン戦争終結後のヨーロッパをそれ以前の状態に戻すことを目的として1814から翌年にかけて行われたウィーン会議後、欧州各地で民族主義運動の嵐が吹きまくりました。

 一民族一国家は

1)各民族はそれぞれ一つの民族国家を形成すべきという主張(ドイツ)
2)同じ民族に属するあらゆる人間と土地が一つの民族国家に編入されなければならないというイレデンティズム。Irredentismはイタリア語の「未回収のイタリア」 (Italia irredenta)からくる。
3)一国家は同じ一民族のみにより成るべき

 という三つの形態からなり、論理的には少数民族の解放も出てくるハズだが、一民族一国家は統一国家をつくるまでの段階で主張されるものの、非合理的なエモーションに根ざしているのでいったん成立した国民国家は少数民族を圧迫する、と。

 ファシズムはナショナリズムのメタモルフォーゼであり、悪貨が良貨を駆逐した最終形態。

[イ 国家(至上)主義]

 近代的国民主義は統治機構を少数の人間の独占から奪い、広く国民化すると主張する。

 しかし、半封建勢力と野合したブルジョワや独占段階の資本主義が政治力の中心的擬集点となって官府が対外的に国民的自覚を代表したり、対外危機を挑発することで、国民的自負は《内においては奴隷的支配者の神化に、外に対しては下劣なジンゴイズム(好戦主義)へと歪められていくのである》

[ロ 人種的民族主義(Racism, Volk als Rasse)]

 イタリアとドイツはともに国民国家としては新しい国ですが、このうちイタリア的国家主義は、イレデンティズムの影響もあって、民族ないし国民をもって、国家によって創造されたものとして国家に対し副次的な地位に置き、逆にドイツ・ナチズムは生物学的意味でのミンぞに第一義的価値を置く、と・

 これは、ファッショ・イタリアは植民地を領有していたので民族主義の強調は有害であったが、ナチス・ドイツはオーストリアとの合邦が禁止されるなど、民族主義の高唱が有利だったから。

 どちらにしても《世界中どこにも生物学的に純一な、つまり単一の遺伝性をもつ人種などは存在しない。民族というのは歴史的概念であって、自然科学的範疇ではない》(p.30)。

 これは拾いネタですが、ナチスドイツ時代の笑い話は面白い。

 「純粋なアーリア人とは何でしょう?」「それはヒトラーのようにブロンドで、ゲッベルスのように背が高くて、ゲーリングのように細っそりとしていて、その名前はローゼンベルクという」というのがあったそうで、これは、ヒトラーが黒髪で、ゲッベルスは背が低く、ゲーリングは肥満型、ローゼンベルクは典型的なユダヤ人の名前であったことへの皮肉です。

[ハ 帝国主義]

 19世紀ヨーロッパ型ナショナリズムは結局においてことごとく20世紀において帝国主義に転化した。しかし、帝国主義はナショナリズムの原則の否定であり矛盾であり、帝国主義的実践は必ず植民地などでの民族解放運動を呼び起こした。

 帝国主義よる交通などの発達によって、中国では閉鎖的な共同体的諸関係が破壊され、単なる中華的排外意識が近代国家形成へのエネルギーへと転化された。

 これは「民族国家」は、世界的な生産交通技術の発展段階に対してあまりにも狭隘なニユットになりつつあったと同時に、バルカンなどでの独立国も、経済的・軍事的裏付けが伴わない限り単なる名目的なものにすぎないことも明らかになった。

 また、第一次大戦時のベルギーの奮闘と比べ、第二次世界大戦では圧倒的な機械化部隊の機動力の前には抵抗も無力となったが、これも民族国家の独立が名目化してきた証拠。

 逆に日本が植民地解放を唱えたり、ドイツのように民族自決主義を逆手にとって侵略が正当化された。

[ナショナリズムの類型]

 アジア諸国はヨーロッパに全体として開国を迫られたでナショナリズムとインターナショナリズムとの調和が困難だった。

 [英仏]統一国家の形成が民族意識に先行し、むしろ後者を造り出す槓杆となった。国民意識は第一義的には政治的、二義的・三義的に文化的。国際主義とも鋭く対立せず、教会による強い妨害を受けることもなかった。

 イギリスはコモンローの普及で英国民の共通意識が養われ、ヨーマンリーの成長はイギリス国民の原基体となった。

 フランスはイギリスよりも地方的割拠、社会的分裂は甚だしいが、13世紀までに労働地代から生産物地代へと変わり、小土地所有農民paysans propriétairesが形成された。ラ・マルセイエーズの「進め祖国の子ら」の歌詞のように、祖国という概念はフランス革命によって初めて強力に発展。三色旗という国旗も含めてnational symbolsの使い始めでもある(p.44)。

 英仏とも農民の解放が下からのナショナリズム成長の決定的な条件となった。

 [ドイツ]民族意識はナポレオン的世界主義との対抗観念として生成され、啓蒙思想に対するロマン主義の反逆という形をとった。

 また、宗教改革はドイツをカトリックとプロテスタントに分裂させ、宗教や教会は政治的統一の癌となった。カトリックに対するビスマルクのkulturkampf(文化闘争)、ナチとの紛争。

 1848年はドイツ民主主義の敗北であると同時に下からの国民的統一の失敗となり、ビスマルクによる上からの政治的統一(自由の圧殺)となった。

 四分五裂していた祖国はへの愛は、空中の夢の世界での統一国家を歌った。

 [ロシア]教会がナショナリズムの障害どころか決定的な市中となり、ナショナリズムが最初から帝国主義的形態(世界統一)をとっており、目的において西欧化を排しつつ、手段としては西欧化を試みた。ロシア教会はコンスタンチノープルの羈絆を脱し、モスクワの大公は全世界の王で、ロシア国民は神によって選ばれた新しきイスラエルの子であり、「聖なるロシア」だった。

|

« 『丸山眞男講義録2』#1 | Main | 『ハドソン川の奇跡』 »

「丸山眞男講義録」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/64278812

Listed below are links to weblogs that reference 『丸山眞男講義録2』#2:

« 『丸山眞男講義録2』#1 | Main | 『ハドソン川の奇跡』 »