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September 04, 2016

『丸山眞男講義録3』#1

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『丸山眞男講義録3』丸山眞男、東京大学出版会

 全7巻の講義録の第1巻の腰巻きには「主著ともなるべき幻の作品群」と書いてあります。

 最初は「退屈するかもしれないから」ということで、少しでも時代的な接点の近い7巻から読み始めたんですが、まったく飽きませんでした。時代的な制約もあっていまの社会学の最前線に関しては触れられてはいませんが、問題の本質に突き刺さる角度は鋭角だと感じるし、その切っ先は真っ直ぐ核心を向いていると感じます。

 全体の構成をみると、何回も書きますが4巻から7巻は日本の原型を古代から江戸末期まで歴史を追って解説する「丸山眞男による日本通史」となっています。

 そして3巻が政治学。60年安保には関与しながら、70年安保の全共闘からは批判された丸山が、政治オンチになってはいけないと学生を相手に語ります。それも抽象的な概念を操作するのではなく

現実-夢=動物(夢のない現実主義者は動物にすぎない)
現実+夢=心痛(理想主義)
現実+ユーモア=リアリズム(保守主義の資質)
夢-ユーモア=狂信
夢+ユーモア=ファンタジー(詩人)
現実+夢+ユーモア=叡智
現実-ユーモア=ただのリアリズム(所与性に密着し追随する態度)

 というような公式を披露したり、各国の人々の気質を論じたり論壇風発。60年安保を戦ったであろう学生たちに《政治を決して甘く見ず、したがって簡単に「挫折」せず、政治の困難さを充分承知しながら、しかも「脱政治化」してアパシーに陥らず、まして「二度目の政治参与」としての「ヒステリックな暴風のような」「過政治化」にも走らず、ユーモアを忘れない「能動的市民」として生き続けるように、静かに勧めていた》そうです(解題 p.227)。

 1巻と2巻は「日本(東洋)政治思想史講義」で、特に2巻は国民国家をつくり近代化を成し遂げる際になぜナショナリズムが必要だったかを論じ、それが通過儀礼であったことを語ります。

 この巻だけ横組みの第3巻の目次は以下の通り。

第1講 政治的思考の諸特質
第2講 態度・意見および行動
第3講 集団とリーダーシップの政治過程
第4講 政党および代表制
第5講 統治構造論

 週2回行われた講義は600人収容の大教室で行われ、第1回の60年10月から最終講義のあった61年2月にかけては、浅沼委員長刺殺、ケネディ当選、衆院選挙での自民党圧勝、池田内閣の所得倍増計画発表などの出来事があり、カラーテレビの本放送が開始されたその年は、《東京の大半が焦土だった敗戦の日から数えて、16回目の秋と冬の時期であった》そうです。

 また、この講義は「政治原論」を目指したものではありません。講義の構成は主体である自我から、集団化、指導、政党・代表制の問題へ下から上へとたどりつつ発展させていっていますが、体系化を目指した内容になっていません。「日々デモクラシーを創造してく市民の立場から、状況をいかに把握し、いかに操作してゆくかということを中心に考える政治学」「技術としての政治学(Political in art)を市民としての立場から構築してゆく方向」を語ったものである、と解題されています。

 このため第2講では「パブリックな事柄への日常的な生き生きとした関心を持続する」ための対処法が示され、第3講では「悪しき指導者への糾弾は、これを更迭し、自らの集団内からこれに代える良き指導を生み出す能力と責任によって裏付けられないかぎり、積極的市民の政治的批判とはいえない」とあくまで市民が対象となっています。

 また、期末試験は、以下の2つの命題について論評せよというのが問題だったそうです。

1)政治は可能性の技術である
2)極左と極右は相通ずる

[第1講 政治的思考の諸特質]

 《現実の政治の場で見られる人間的行動は理想や情熱を持って行われ、必ずしも認識態度としての政治的リアリズムを伴うとは限らない。しかし、政治的判断を他の宗教的・道徳的判断からとくに区別する基準となるのは、やはり政治的リアリズムである》

[1 政治的リアリズムと状況認識]

 それゆえ《政治的未熟さを隠蔽する口実として、つまり、自分の読むことのできなかった政治的状況の困難性を隠すために、意識的もしくは無意識的に、出来事の一切を特定の邪悪なるもの、もしくは敵の悪辣な陰謀に還元する》泣き言は最悪の弁解であり、政治的無能力の告白である、と。

 《世界のあらゆる出来事をユダヤ人の陰謀に、共産主義者の着々たる計画の実現に、あるいはウォールストリートの意図に還元する思考は、政治的に未成熟な風土におけるほど行われやすい》というあたりは、講義から55年たっても、世界が変わっていないことを示しています。

 すべてをたえず状況認識の次元におろして考察することが肝要であり、ある状況の下で何をするか、その役割(role)を見ていく必要がある。

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