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August 27, 2016

『丸山眞男講義録7』#6

『丸山眞男講義録7』丸山眞男、東京大学出版会

 1967年度の講義をまとめた7巻から逆に読んでいき、4巻まで丸山眞男の日本史観、日本思想史観を読んできたわけですが、最後に、これまでまとめを書かなかった講義録7の掉尾を飾る三章「思想運動としての国学」で大団円にしたいと思います。

 講義録の元となった丸山眞男愛用のルーズリーフノートをみると、この章は63年度講義用に書かれた自筆原稿をファイルしなおし、原稿を加えて行われたとのこと。

 宣長の思想の《江戸時代における思想史的位置づけについては、若干の修正を要する》(p.280)として、《宣長の日本政治構造観が「原型」の統治観と照応しているという見方》を強調したp.296-298を加え、さらにp.300-からの汎美主義の政治的帰結、国学における「学問」意識の独立などの完成稿も加えた、という構成。

 4巻から7巻まで1200頁近くをかけて語りかけた講義の「むすび」で丸山眞男は、儒者の言説の陳腐さなどを指摘するのはたやすい、としています。

 これで思い出したのは『丸山眞男説話集1』。

 「歴史を学ぶことの意味」などを語った公演で、丸山眞男が卒業した3~4年前は東大法学部の就職率は20%にすぎず、80%が失業だった、というんですね。それが、満州事変(1931年の柳条湖事件)以後、軍需景気で良くなったけど、まだ卒業時に40%は職がなかった、と。また、自由民権運動の活動家は、ルソーの『民約論』を泣きながら読書会で読んだ後、剣舞をやって解散した、と。今となっては信じられないことですが、こうした想像力を自分の中に養うこと=今じゃない時代に対するイマジネーションを養え、と(p.355)。さらには、人類の長い歴史からみれば、蘇我馬子も頼朝も昨日の人なんだみたいなことも語っていたんですが、そうしたことを改めて思い浮かべます。

[第三章 思想運動としての国学]

 国学は、日本の原型の方法的自覚・復元をテコにして、儒学や仏教など外来イデオロギーの異端性を暴露しようとした運動で、維新以後も西洋から流入するイデオロギーのエセ普遍主義を暴露する土着的特殊主義となり、現在まで日本のナショナリズムは国学の設定した射程を出ていない強力な論理だとしています。

 それは《鎖国による外部からの刺激の遮断のため、精神生活の底辺に沈殿していた原型的思考と価値意識が発酵作用を起こし》たという《特殊江戸時代的な条件の下における「原型」のふきあげ》だったと。

[国学運動の三つの源泉]

 思想運動としての国学はほぼ江戸中期に発し、以下の3つが源泉。

1)歌学の革新(秘伝口授など中世的な伝授形式への批判と精神の表現形態としての歌学の強調)
2)素朴な主体性の自覚、天皇統治の正統性を根拠としての革命否定という二つの側面を持つ垂加神道で強調された国体論
3)国学と正反対の立場から神儒一致のシンクレティズムを排し、「聖人の道」が伝わる以前に清かった人々の心は、儒教・仏教の摂取によって汚され、歪曲されたという古学・古文辞学

 それは歌学を通して歌の心を明らめるという側面と、記紀などの神典を通して古道を明らめるという両面を不可分に含む、と。

 また大和意と漢意の対比は、歌学や日本古典研究のなかから抽象された思考様式や感じ方を、儒教的思考と対置するなかから生まれた。

[漢意と大和意 分説]

 漢意は何らかの概念装置、価値基準を先天的に与件として、それを認識対象にあてはめる思考様式。

 大和意は認識主体における一切の先入主をすべて一度括弧に入れて、対象に即し、それを内側から把握する方法。国学は偏狭な日本主義に陥ったが、世界像を儒教から解放した。

 国学運動は自然のままの「真心」の純粋性を尊重し、それを外からの「教え」によって矯めようとする傾向に反対する。

 賀茂真淵の場合、「直き心」とは、たくましき雄渾な荒魂であるとしたのに対し、宣長は女々しくはかなき感傷的精神に人の「真心」を見出した。

[もののあはれ説の展開]

 「もののあはれ」説は源氏物語研究と結びついており、『源氏物語玉の小櫛』で大成される。

 歌の精神が古道の中核におかれ、仁義礼譲などのこちたき名目を教えんとする漢意に対置された。古道は古代の天皇統治の道だが、倫理的・政治的価値基準から解放された芸術的精神を基準とするところに、ディレンマが生じる。

 宣長は祭政一致を理想化せず、政治の唯一の行動様式は、自然の感情の発露からのイデーではなく、上なる権威への敬虔と奉仕だとし、政治的なるものを服従者の立場と倫理にすべて還元した。仁政や德治など上からの儒教的政治論は無意味とし、下から上への奉仕行動の連鎖運動が政治過程の実体だ、と。

 政治は天皇の「ことさし」(委任)に基づく俗事だが、すべては天皇への奉仕であるから、天皇はまつりごとをきこしめす立場としてつねに日本に君臨する。総じて治乱は下の者が上の者にいかによく服従するかによるものとなる。

 また、天皇もアマテラスの心に従って統治し、臣民も人民もそれに倣って自己のさかしらを立てないところに上下和合が実現すると考え、幕藩体制も天皇から暫時的な委任として肯定し、歌を残している。

いまの世は今ののりをかしこみて異しきおこなひ行ふなゆめ

[幕藩体制と国学]

 国学が天皇親政に復れと叫ぶ復古イデオロギーとして幕末維新期に政治的に登場しえたのは平田篤胤が歌学に基礎づけられた宣長の方法的一貫性をすて、国学を「古道」イデオロギーにまで再構成したことによってであり、その瞬間に国学は、儒教はもとよりキリスト教神学の教義までも取り入れた奇怪な折衷物へと転化した。

[汎美主義の政治的帰結]

 公の政治に言いののしる病を批判した国学者も、弟子や自らが義挙に加わるなど思考と行動の矛盾が見られた。

 美的価値を絶対化する汎美主義によって世界を包摂することが帰結となる。

 なまの政治的現実への関与の意識がないから、自己の行動に対する責任意識が生まれる余地はなく、こうしたロマン主義的思考の政治態度は、キエティズム(Quietism、静観主義) と激烈な反政治的爆発行動とのどちらかに帰着するか、あるいはその間の往復運動がくりかえされる。

[国学における「学問」意識の独立]

 国学は価値判断をふくんだ「教え」、ドグマなどを学問領域から放逐した。学問的認識とイデオロギーとの関係を方法論の問題として論議にのせたのは、日本の思想史では国学運動が初めて。

[むすび]

 儒者の言説の陳腐さなどを指摘するのはたやすいが、儒者が問題にしたのは、いかにして人間と他の禽獣を区別することが可能かということであり、それは「礼」だった。「礼」による差別にこそ、人間の尊厳という理念がかかっていた。こうした考え方を理解しなければ、江戸時代の儒者の問題意識はとらえられない。

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