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July 06, 2016

『丸山眞男講義録5』#2

Maruyama_maso_kpogiroku5

『丸山眞男講義録5』丸山眞男、東京大学出版会

『丸山眞男講義録5』第2章「武士のエートスとその展開」

 武士という存在はぼくなんかが考えても日本史の誇りであり、専制君主が唯一の自由人であるような東洋的デスポティズムとは違った、地に足のついた「元はといえば農民のための、元はといえば農民による、元はといえば農民の政権」を実現した基盤となっていると思います。そして最後には、自らの存在を否定して明治維新と日本社会の近代化を成し遂げるという偉大な足跡を残します。

 でも、なぜ、そんなにも素晴らしい武士が育てた明治政府は忠君だけを強調し、近代的な市民によって支えられた愛国心を育てられず、臣民による権威への服従を強いるようになったのか。それが、「武士のエートスとその展開」の問題意識だと思います。

 それは西洋の封建主義的契約とまではいかないまでも、活き活きとした主君と臣下との人格的結びつきやがあった武士の時代と違い、非人格化された天皇との結びつきしか与えられず、盲目的な一体感を強調するようになったこともひとつの原因なのかな、と。

 もちろん、武士の時代といっても平安時代から始まるわけで、丸山眞男は初期武士団から戦国武士道、江戸時代におけるイデオロギー的集成までを1年かけて講義してくれます。

[序説]

 武士のエートス=Ethosとは特定の階級の行動様式。

 日本でも、しつけ、作法、モラルによって他からくまどられた階級は武士以外にはおらず、他のアジア諸国との違いも、武士が特殊身分としての自覚と名誉感を持ち続けて政治権力を長期間、掌握していたことです。

 幕末の西欧人学者も騎士団との類似性に着目しましたが《神も貴婦人も侍の胸にいかなる感激も呼び起こさなかった》ともしています。

 また、旧武士階級が消滅した明治30年代から観念的な武士道リバイバルが起きるとともに、日清・日露戦争に勝利したことでサムライ・スピリットも海外から注目を集めますが、実はこれらは抽象観念だ、と。

 外国人の日本人観は、明治時代に甘すぎたんですが、その反動はすぐにやってきて、帝国臣民の忠君愛国の姿勢と結びつられたりします。しかし、どちらも間違いだ、と。だいたい、武士は精神的権威までは掌握しきれていなかった、と。

 平安中期には「武者」「つはもの」が社会的に登場してきますが、いつでも強盗団に転化しうるようなアウトローの野蛮人であり、清原武則も出羽の囚人集団の長でした。いわば必要悪のような存在であり、京における武士の台頭は盗賊の横行と、南都北嶺の僧兵の強訴に対抗しようとした院(白河院)の自衛手段だった、と。

 殿上人がいかに武士に抵抗し、それに対して武士がプライドを持って自らの地位を築きあげていったかは、平家物語の冒頭が忠盛昇殿から始まることからもわかる、と。それは武士らしいマナーと、それに対する社会的評価が生まれつつあったことが読み取れる、と。

 そして、初期武士団について、その発生の社会的・経済的な基盤、内部構造の分析から入ります。世界観は後回し。それは武士のエートスが、武士団の社会的基盤と生活様式と結びついていから、と。

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