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June 27, 2016

『丸山眞男講義録5』#1

『丸山眞男講義録5』丸山眞男、東京大学出版会

「はじめに」と「思想」の発生条件

 5巻目の講義録に収められた1965年の講義は、第2章以降の「武士のエートスとその展開」が中心です。そしてその講義を始める前の「はじめに」はこれまでの6巻、7巻にもありましたが、少しずつ内容が違っていますし、また、面白いので、今回もここから。

 まずは「東洋」という言葉から。

 江戸末期に「西洋」という語が先にでき、それに対応する言葉として「東洋」は生まれたもので、ヨーロッパのアジアに対する観念と関係している、と。

 時々、日本人も「東洋」とかアジアという言葉を自分たちの地理的立ち位置からすれば、随分客観視して使うことがありますが、それは東洋がヨーロッパのアジアに対する観念と関係しているからなんだな、みたいな。

 また、東洋は19世紀中葉に成立した新しい文化圏であり、中国でも革命前まで「東洋人(トンヤンレン)」は日本人を意味していた、というんです。だから東洋という言葉はけっして自明なものではない、と。ここらあたり、次の第1章では、アジアには思想史的同時性は全くなかったなんていう方向に発展していきます。例えば、仏教が随・唐時代に中国で独自の発展を遂げた時、インドでは衰退しヒンズー教のなかに没していた、と。中国の根本経典は漢訳で、例外的に学者がサンスクリット語で研究したのみとか。アジアの連帯といってもポジティブな紐帯に欠けている、なんていう思い切った話しにもつながっていきます。

 次の「思想」の発生条件も授業だから、ということで言いたいことを言っている感じが好きです。

 丸山先生曰く、刺激と反応は直接的に連続しておらず、その間には必ず「思想」が入ってくる、と。だから、将来に起こるであろうと予想される出来事に対しても人間は反応してしまう、と。丸山先生が上げている例は、当時そんなことが言われていたかどうかは知りませんが《中共が攻めてくるという想定のもとに行動を起こせば、その行動は、たとえ実際に中共が攻めてくるということが起こらなくても、それ自体が現実の出来事である》というあたり。

 BREXITが決まりましたが、それを絶賛したトランプ候補の「世界中の人たちは国境を越えて自分の国にやってきて乗っ取ろうとする 人に怒っている 」なんていう移民を非難する言葉は、現代の例なのかもしれません。だからアメリカなんかは予防戦争なんかを始めるわけですし。

 考えることによって人間は不幸になったが、そこに人間の誇りもある、としてパスカルの「人間は自己が悲惨であることを知っているが、樹木は自己の悲惨を知らない」という言葉も引きます。

 しかし、出来事と自分の関連性の認識と、その出来事が好ましいか好ましくないかをという価値判断のふたつから意味付与は成り立つが、我々はこうした意味を定式化してしまいがちでもある、と。

 しかし、そうした惰性を打ち破るような出来事が起こり、新たな意味付与を行うことになるわけで、そこで思想がオリジナリティを発揮する、と。

 このように我々は思想というメガネを通して出来事を見ているので、精神革命は政治革命・社会革命よりも遅くなる、なんてあたりは面白かったですかね。

第1章「日本思想史の歴史的所与」

 Nation Stateの発生は、ヨーロッパでは帝国の分裂とイコールだったというシンプルすぎる指摘は、なるほどな、と思ったんですが、東アジアはローマ帝国みたいな単一の帝国によって支配されたことがないだけにとどまらず、思想史的同時性も全くなかった、というあたりはハッとさせられました。ぼくは意識的に中国の漢籍に当たってきた方なんですけど、それは漢詩が好きだったということもあるけど、やはり意識的に好きであろうとする部分というか、教養として身につけようとした部分があったわけですし。

 所与の条件とその後の展開は《東アジアが世界で最も古い文明の伝統をもっている〈世界史の一つの大きな中心である〉こと、しかも、十九世紀以後、western impact(西欧の衝撃)が東アジアを一変させたこと。この逆説の内包する問題性はまだ解決されていない》と。

 これに対してヨーロッパはどうか。

 《ローマ帝国形成期以来、ヨーロッパ人の自己意識としては、単一のヨーロッパ文化に属しているという意識があった。ヨーロッパ文化圏のなかに、ラテン系、ゲルマン系、ビザンチン的なもの(東欧系)等々が、subsystemとしてあると考えられてきた》と。

 で、そこから敷衍して《Nation Stateは、単一の帝国である神聖ローマ帝国の多元的分裂として意識された》のに対し《アジアは、かつて単一の国家(帝国)によって支配されたことはない》というあたりはなるほどな、と(p.27)。

 アジアで出来事のシンクロナイゼーションが出現したのはアヘン戦争が日本に大きな影響を与えた19世紀半ばになってからであり、宗教革命やフランス革命が全ヨーロッパ的反応を巻き起こしたのとは対照的。それは空間の大きさとコミュニケーション、テクノロジーの未発達が原因だというのは、今でも様々な問題を引き押しているような。

 とにかく、こうしたことから、アジアには思想史的同時性は全くなかった、と。

 仏教が随・唐自体に中国で独自の発展を遂げた時、インドでは衰退しヒンズー教のなかに没していた。中国の根本経典は漢訳で、例外的に学者がサンスクリット語で研究したのみ。アジアの連帯といってもポジティブな紐帯に欠けている、と(p.28)。

 ただし、この箇所でヨーロッパは基督教とラテン語によって連続性を語りうる、としているんですが、メモの不備か(毎回、速記録が購買部で売られていて、それも参考に構成されているので)、ルターがラテン語で研究したとも読めかねない記述になっているのは残念。講義録は自身のノートと、毎回、行われて頒布もされていた速記から構成されているので、混乱があったのかのかも。もちろん、浅学非才な身で、これ以上、追求する気はありませんが。

 それはそうとして、徳川時代の藩はヨーロッパの国と似ていて、大藩と小藩は対等で、国境もあり、それぞれが独自の軍隊を持ち、相互に外交も行っていた、というあたりも面白い見方だな、と。《これが日本がヨーロッパ的国際社会に比較的容易に入っていけた理由の一つ》というあたりは、なるほどな、と(p.31)。また、廃藩置県が無血で行われた理由でもある、と。

 これが、日本では大陸から優秀な文化が入っても、社会の底辺では執拗な継続性があった、という話しにつがっていきますし、さらには、大きな世界観や体系は外からやってきても、すぐに変容を蒙ってしまう、という諦念にもつながっていきます。

 ということですが、なんか、ここでま書いてきたので、BREXITで思うことも、せっかくリアルタイムなので書いておきます。

1)イングランドは古代ローマ帝国の西漸の果てであり、スコットランドまでは進出していなかった。イングランドが離脱派が多く、スコットランドは残留派が多いというのは皮肉だな、と
2)中世ヨーロッパはキリスト教の信仰共同体であり、ヨーロッパ人意識は当時からあったので、EEC、EC、EUという流れはヨーロッパの歴史に回帰する流れだったんだろうな、と
3)しかし、今度は再びNation Stateへの揺り戻しが起こっていたりして
4)ヨーロッパでは宗教革命、市民革命などが全ヨーロッパ的反応を巻き起こすので、今回もEUからの独立=中東、アフリカからの移民制限はヨーロッパでさらに拡大したりして

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