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June 06, 2016

『丸山眞男講義録6』「第3章 幕藩体制の精神構造」#1

『丸山眞男講義録6』

 「第3章 幕藩体制の精神構造」「第一節 幕藩体制と統治原理」

 時代区分が困難な日本史の中で、江戸時代は広義の「体制」がもっとも明確に識別され、構造的にまとまりを持っている時代。

 しかし、西欧経済史や法制史の発展から抽出された概念用具では、一つの段階としては割り切れない感じもして、幕藩体制としか呼びようがない、と。

 幕藩体制はプフリュンデ封建制ともレーエン封建制も言い切れず、ぼくの理解では契約によって成立する封主と封臣関係としてのレーエン封建制は幕府と旗本、外様と幕府の関係は既得権=私物化された官職「プフリュンデ」を持つもの官吏が地方を治めるというふたつの支配構造があったのかな、と。ウェーバーの用語なんでしょうが、家産制からプフリュンデ封建制へ、レーエンからpatrimonial(世襲)へという二つの過程の融合として幕藩体制は考えられる、と。

 だから《「幕藩体制」とは経験概念であり、分析概念ではない》として精神傾向からアプローチを行います。なぜなら「人間だけが関係をつくる。動物は関係をつくらない」(ドイデ)わけで、精神連関を抜きにした「土台」としての物質的経済関係を語りえないことは、心理を抜きにした肉体関係(性交)を語りえないのと同様である、と。

 江戸幕府は朝廷の非政治化、社寺の末端行政機関への組み入れ、商工勢力の幕府・大名への寄生虫化、大名への改易、参勤交代、相互交通の禁止などによって《純粋封建制の主君をこえて全国の土地人民に支配権を及ぼす全国統一政権的性格を持った、と。

 このうち大名に対する改易・取潰は、レーエン封建制の前提となる自然的所有権の保有を払拭させ、彼らに地方行政官的色彩を与えた、と。さらに《レーエン封建制における、主君の忠誠義務違反にたいして、封臣が抵抗権を持つというようなことは想像もでき》ないようになり、《藩主が幕府に抵抗した場合、藩主の臣下は藩主への服従義務を解除される!》ことになっていた、と(p.138)。

 しかし、吉宗が上ヶ米を諸侯に課した時に恥じたように、徳川幕府は自らを中央集権的統一国家の政府まで高める意図はなかった、と。

 幕府と藩の違いは、藩には外様に当たるものがないこと。このため「国家」的性格は幕府より藩の方が強いし、自己完結的だったというのは、感覚的に分かる気がします。幕府は外様とは伝統的恩給制を維持した一方、譜代は家産官僚化が進んだ、と。

 岩波の近世史シリーズなどを読むと、織豊政権、特に秀吉から在地領主の土着性喪失=家臣団への編成は進んではいましたが、それは天下泰平を唯一の理念として、《激動する大海が突如として高低上下の水面のまま氷結したようなもの》でした。

 《総動員体制の日常化というパラドックスが「天下泰平」のメダルの裏であり、武士=戦闘者を支配者とする「文治主義」の強調という皮肉はその必然の産物であ》り、ここに儒教がオーソドクシーとして介入する、と(p.143)。しかし、儒教の採用は《統治上のプラグマティズムに基づいていたのであって、ヨーロッパ中世におけるキリスト教の国教化と同じような意味で、儒教が権力によって排他的に正統イデオロギーとなったとはいえない》(p.146)。

 武士が支配する文治というパラドックスには幕府も悩まされたことは、エリート官僚の減少というマイナス面を解消することを防ぐため殉死が禁止されたことなどでもわかる、と(p.148)。一方、武士のエートスは自然的に下降し、武士階級で使われた奉公が「丁稚奉公」のように使われるようにもなります。

 人間を牛馬のように扱うのばヨーロッパ荘園制の農民政策だが、武士は驚くほど農民の私生活へ干渉(パターナリズムに基づく道徳教育と農業技術指導)を行いました。

 なぜなら主権者は秩序だったから(p.156)。

 キリシタン禁令と、仏教寺院や神社などの思想的骨抜きと末端官僚組織への組み入れによって、超越的な絶対者は否定されて、《むしろ権力者ほど一挙手一投足、先例と格式にしたがって行動しなければならぬ》(p.156)ようになった、と。《これこそ日本史上「保守主義」とよぶにもっともふさわしい体制であった》(p.157)。

 江戸時代は集中が排除され旗本は禄は少なくても位は高かったが、外様大名は禄が多くても位は低かった。逆に明治天皇制は役人が富と権力と名誉を得ることで価値基準が一元化して、それを得ることに失敗した者はルサンチマンをいだくようになった、と(p.161)。

 「プフリュンデ封建制とレーエン封建制」については素人なんで、この論文ぐらいしか読んでいません。

 また『丸山眞男講義録5』に以下のような引用がありました(p.65)。

 Lehen(封土)とPfrunde(俸禄)の相違(移行を前提として)
 P.はP.保有者の現実または擬制的勤務にたいして、非世襲的ではあるが、終身与えられる報酬である。それは人ではなくて職務に与えられる点、P.保有者がこれを自分の権利ととして占有するのではなく、Nutznießer(用益権者またはレンテ[Rent 利子・地代]取得者)にすぎぬ、という点で、むしろ官僚制官吏に近い。
 職務支出は原則として自弁でない。完全に自弁を免除されるか、あるいは所得の一定部分が職務支出用として確保されている。
 Lehensmann(封臣)はレーエンの保有を―主君との契約的誠実関係の存続を前提として―世襲的に保証され、それは官職でなくて、彼個人に、彼の占有する権利として与えられる。したがって、行政・軍事勤務の負担は自弁である。彼と主君とは、一切の家産制的隷属関係から自由な、誠実と献身の契約関係であり、それは義務と名誉の法典で規律される。(cf.『支配の社会学』訳II、303頁)

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