『丸山眞男講義録6』第一章「所与と前提」
『丸山眞男講義録6』、丸山眞男、東京大学出版会
第一章「所与と前提」
7巻から逆に読んでいるんですけど、毎年、講義で伝えたいことは、微妙に内容を変えながらも、日本型の意志決定の曖昧さがどこに端を発しているのかということではないかな、と読めます。
しかし、こうしたことを丸山眞男さんが東大法学部で語ってきて、あまり日本社会が変わったとは思えないという感じを受けるのは、やはり文化の力強さなんでしょうか。それても、学問の即効性のなさでしょうか。
それにしても、いわゆるリベラル臭のある講義をバーチャルながら聴いていると、丸山眞男さんが忸怩たる思いで語っているように、太平洋戦争の戦争責任を一億総懺悔で乗り切ったのは問題だと思うけど、日本社会に延々と流れる歴史的相対主義=現在を享受し、絶えず次の瞬間を迎え入れる心の準備をし、憂き世がいつの間にか浮世になってしまい、無常を説く仏教でさえ鎮護国家の道具として使ってしまうような融通無碍さは好きかな、と。
ヘーゲルならば、悪しき循環が永遠であるといって批判するような生成過程重視(自然的な「なる」「うむ」ことへの礼賛)の考え方の凄さといいますか。
日本では万葉集の時代から奔騰する性愛感情の前には国家的要請や社会的義務も無視するような歌が謳われているんですもんね。これはなかなかないんじゃないですかね。防人がこんな立派な歌を残しているんですから。
そうしたことから、記紀でも特定集団にとっての相対的な功利が善悪の基準とされいるだけで、共同体を超えた絶対的倫理基準が示されたこともない、と。
こうした歴史には、もちろん、なんか物足りなさはあるかもしれませんが、だからこそ、キリスト教やイスラム教のように、内ゲバも含む普遍主義的価値に基づく宗教戦争もない、と。
動物は予防戦争はしないというけど、日本も昭和陸軍が発狂した一時期を除いては、あまりへんなことはやってなかったのかな、なんてことも思いました。
しかし、そうなると《内なるエネルギーの爆発は決して主体性ではない。主体性とは、たんに内在的なものの外への顕現ではなくて、自らの前におかれた多元的価値からの自主的な選択能力である》という部分は弱くなるわなというのは、と自分をみてもそう思います。
実に納得的です。
丸山眞男講義録を読んでいて、講義録の自由さゆえにハッとするような自由さを感じることがたびたびあります。それはエリック・ドルフィーのLast dateの最後に録音されている“When you hear music,after it's over,it's gone in the air. You can never capture it again. "という言葉のような感じでしょうか。
例えば《ニーチェが「自分は最後のヨーロッパ人である」といっているように、元々はひとつであったヨーロッパが分解して、nation stateになった》のに対し、日本は驚くべきことに有史以後、大規模な人種混淆を経験しておらず《古代から連続して「大八洲」であった》 というあたり(p.8)。
日本では、鎌倉から江戸にかけて封建化して、東国御家人・守護大名・藩のように地域的に政治集団が分裂しても、同じ日本人であることは当たり前に考えていた、と。
一方、西ヨーロッパでは絶対君主の傭兵は国籍を問わず集められていたし、領主が支配する農民の範囲も国の範囲とは異なっていた、と。
恥ずかしながら、信仰共同体としての中世ヨーロッパという概念は持っていましたけど、それが分裂してネーション・ステーツになったという簡単すぎるけどシンプルで美しい流れは、まあ、自分のアタマが悪いからなんでしょうけど、丸山先生の講義録を読むまで、こんなにスカッとは理解できていなかったなと思います。
情けない。
けど、仕方ない。
日本の集団的統一性の高度さは、キリシタンの流入・伝播と絶滅の早さの両面で中国と対照的だったなんてあたりもハッとしました。
このパターンは維新における自由民権思想、大正末期のマルクス主義の移入と転向の急速な過程に於いて繰り返されているんです。思想の下部構造の持続性ゆえの上部構造の変位だ、なんてあたりの切って捨て方も凄いな、と(p.21)。
江戸時代はキリシタン渡来に対する全面鎖国、明治時代は国体に抵触するイデオロギー鎖国とテクノロジー開国という『使い分け鎖国」、敗戦後にようやく「全面開国」に至った、なんていう認識も。
「とりあえず逆から読んで4巻まででいいんじゃない」というアドバイスももらったんですけど、それ以前のも含めて面白そうなので、とりあえず面白く読んでいけるだけは楽しもうと思います。
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