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April 03, 2016

『丸山眞男をどう読むか』

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『丸山眞男をどう読むか』長谷川宏、講談社現代新書

 あまりにも世間も世界も大きく複雑で、どこから切り込んでいったらいいのか分からず、鬱勃たる闘志だけをもてあましていた頃、ものの考え方の基本を学んだのは吉本隆明さんなので、丸山眞男さんについても、吉本さん経由で知ることになりました。

 吉本さんは強烈に丸山眞男を批判するのですが、同時によく読むと《国家として抽出される幻想の共同性が、日本においてはつねに曖昧なる抽出としてしか行われない、という土着的な様式を指摘した点に帰することができる》という1960年代前半に書かれた『丸山真男論』のあたりは、単行本でも『柳田国男論』とカップリングされているように、後に遠野物語などから国とは共同幻想にほかならないと解き明かす畢生の『共同幻想論』を書く基盤となっていることがわかります(当時は誰も丸山政治思想史学と柳田民俗学の間に架橋しようなんてことは考えてもいなかったと思うのですが、どうなんでしょうか)。

 それと共に印象に残っているのが、東大闘争時代に全共闘の学生たちが丸山眞男の研究室に乱入して資料などを破壊した事件についてのやりとり。丸山真男さんがこの行為を「ナチスも日本軍部もしなかった」と批判したことに、吉本さんが《確かに日本軍国主義は丸山の労作『日本政治思想史研究』の執筆をさまたげなかった》かもしれないがと皮肉をきかせつつ、それは私的なうっぷんをはらしたにすぎない言葉だと批判したことに共感を覚えました。

 そんなわけで、丸山眞男さんの著作については、ざっと目を通すぐらいだったんですが、吉本さんが丸山政治思想史学を武器に日本の歴史と孤独に格闘していた頃から半世紀後、同じように丸山さんのいう日本の《日本においてはつねに曖昧なる抽出としてしか行われない、という土着的な様式》が本当に土着なのかということを美術なども含めながら論じたのが長谷川宏さんの『日本精神史』です。

 背景に丸山眞男を特に感じたのは『日本精神史』下巻の「第二十一章 御成敗式目」と「第三十章 江戸の儒学 伊藤仁斎と荻生徂徠を中心に」でした。御成敗式目は丸山真男が高く評価していましたし、江戸の儒学は丸山政治史学の中心ですから。

 『丸山眞男をどう読むか』で長谷川さんは丸山眞男さんの儒教理解について《民衆は元来、倫理外の存在であり、治者の徳による政治を通じてはじめて倫理的秩序=社会的秩序のなかに組み入れられるというのが論語以来の儒教倫理の一貫した思想的前提》であり、その一方の極における真理と道徳の集中があり、上から教える治者の存在が合理化されるという構造を前提としていると説明します(p.165)。

 その上で、丸山眞男が徳川中期の江戸文化について《その美と芸術が「繊弱美」であり「日陰の芸術」》であるとやや蔑んだ見方をしていることについて批判し、それは丸山眞男が持って生まれたエリート意識ゆえの問題だとして、『日本精神史』下巻では西鶴、芭蕉、近松、南北などに高い評価を与えています。

 確かに伊藤仁斎など江戸期の儒者も、居敬窮理を極めた君子が治者となり、情や欲を脱却できない「小人」を教育、陶冶するのが儒教的統治論だといいます(『日本精神史』下巻、p.291)。しかし、伊藤仁斎は目の前の現実を空、虚、無ではなく、欠けることのない「実」として、確固として揺るぎないものとして捉えたとか、伊藤仁斎が天下之公学を理想としたことについて《その学問観は仁斎自身の学問的研鑽のただなかで得られただけに、経験に裏打ちされ、主体性につらぬかれたものになっている》というあたりで長谷川さんは「主体性」などのヘーゲルの用語で語ってまで別角度から再評価しています(『日本精神史』下巻、p.300)。

 思えば、吉本さんも長谷川さんもヘーゲルを大きな柱としてきました。その中で、吉本さんは敗戦直後に、日本国民のことを「解放された御殿女中とはこういうものであった」と語った丸山眞男、長谷川さんは自ら東大を去った後に大荒れに荒れた東大闘争の中で全共闘を「ナチスも日本軍部もしなかった」と批判した丸山眞男を許せなかったのかもしれません。丸山眞男のように敗戦は日本軍国主義からのことほぐべき「陋習からの解放」だと語る立場は、大学紛争の全共闘を子どもあつかいするような態度に通ずるし、それには違和感があるよ、と。

 『丸山眞男をどう読むか』の白眉は4章「日本政治思想史」です。

 問題関心が広く、著作の主題も多岐にわたる丸山眞男の《古代から近代に至るまでの政治思想史を全体として視野におさめた研究がはじめて明確にすがたをあらわすのは、一九五六年の講義においてである》というのですが、それがまとめられたのが『丸山眞男講義録』。長谷川さんは4章を、この講義録を中心に、吉本さんが共同幻想論のヒントとした日本の「原型」「古層」について解き明かし、批判していきます。

 丸山眞男は若い頃から江戸期の儒学を中心とした近世政治思想史をくりかえして論じています。『講義録六』p.191で《ある時代の思想を〝教義史〟的方法でともかく描きうるのは、江戸時代》としていますが、長谷川さんは『日本精神史 下』で、その背景について、儒者、儒家、儒学者として名を知られる人物は、一六世紀以前にはほとんどいなくて、江戸時代に入ってから社会に受け入れられたのは、中央集権的な幕藩体制によく適合したからと説明していますが、まあ、そういうことでしょう(p.290-)。

 『丸山眞男をどう読むか』では三位一体の関係にある個人、社会、自然の中で、道徳の優位が承認されれば自然は道徳の支配をおのずと受け入れるというオプティミズムがあるから儒学は幕藩体制の正統イデオロギーとなれた、としています(p.151)。これが丸山政治思想史の出発点だ、と。

 丸山眞男は江戸期の文化をあまり高く評価しませんが、それは荻生《徂徠学に至って規範(道)の公的=政治的なものへまでの昇華によって、私的=内面生活の一切のリゴリズムよりの解放となって現れた》(集一・228-229)と。

 カウンターカルチャー全盛の21世紀の日本をご覧になったら丸山先生は驚かれるでしょうが、とにかく丸山先生は町人は金力によって武士を圧倒したが《この〔町人の〕規範意識が情を中核としていた限り、そこからは、社会的変革の意志は生まれない》(講義録一・167)とまで書きます。

 しかし、その前提を受け入れた先にあるのは文芸の非倫理化、非政治化と国学の登場になるという展開は個人的にはアタマがクラクラするぐらい見事だと感じます。

 ここまでが長谷川さんによる丸山「近世」政治思想史批判。

 次がいよいよ《一九六〇年代の講義では「原型」と呼ばれ、七〇年代に入って「古層」と改称され、さらに「執拗低音(バッソ・オスティナート)といいかえられる》(p.169)日本の政治的思考様式の基本的な型についての議論となります。

 ここでもキーワードはオプティミズム。

 《生成と生殖の賛美に基づく自然的生のオプティミズムは、生の死にたいする優越として現れている。ヨミノ国のイザナミの呪い(毎日一〇〇〇人殺す)にたいして、イザナギは毎日一五〇〇の産屋を立てるといって応酬する》《生の死にたいする勝利は、出生数が死亡数を上まわるという自然過程へのオプティミズムから出ている》(講義録七・71-72)《世界は、永遠不変なものが有る(Sein)世界でも、滅びを運命とする虚無(Nichts)の世界でもなくて、まさに「成りゆく」(Werden)世界である。これが日本の歴史像の原型をなす》(講義録七・74-75)と。

 「成りゆく」流れに沿って生きるなかで、個人の内面に「イキホヒ」が宿り《時の流れに乗って力を発揮するものなのだ》と(p.176)。

 こうした原型的思考の具体例として丸山眞男があげるのは祖先崇拝です。

 《中国の祖先崇拝は、子の親にたいする「孝」の義務が基本徳(cardinal virtue)であり、その祖先への遡及として、本質的に過去へ志向し、かつ規範性を帯びるが、日本の「原型」においては、祖霊は子に宿って、未来に向かっての生成発展のエネルギーとなる》として、こうした日本人の思考様式がよく現れているのが「大嘗祭」だといいます(講義録七・87-89)。

 こうした原型を丸山眞男は記紀から抽出しているのですが、柳田國男に寄って日本のさらなる古層からの解読を試みた吉本さんと同じように、長谷川さんは八世紀という歴史的制約を負っていると批判します。

 にしても、吉本さんの『共同幻想論』は柳田民俗学+丸山政治思想史学という構造を持っているんだな、ということが、大嘗祭への言及などからも改めてよくわかります。

 また、長谷川さんは、こうした八世紀の文書という制約を丸山眞男もよく知っていたであろうが、《鬼籍に入った丸山眞男にはもはやその説明を期待できない。となれば、説明は自分で引きうけるしかない。わたしは、今後に予定している日本精神史の研究において、日本人の思考様式にそもそも「原型」があるのか、あるとすればいかなる形で想定しうるのか、といった問題にとりくむ》と宣言するのです(p.179)。

 『丸山眞男をどう読むか』が上梓されたのが01年、その15年後に長谷川さんは『日本精神史』上下で、その仕事を完結させます。

 日本における政治は政事(まつりごと)であり、神代史の記述から「まつること」「奉仕」「服従」としてとらえられており《「政」は第一義的に、上なる政治的権威にたいする政事という職務の奉仕であり》《「下から上」への奉仕という逆の方向性を随伴》いた、と。

 そして統治権の帰属者と実質的な権力行使者が分離し=正統性(legitimacy)と政策決定(decision-making)が分離し、一種の二重統治が行われていた、と。律令制を取り入れた日本は、天皇の下に中国にはない太政官を置き、太政官は天皇に奉仕する(まつる)形をつくるとともに、《決定や実行後に天皇へ「かへりごとまをす」(復命する)のであり、天皇はそれを「きこしめす」のである》と。

 さらに天皇は祭祀を通じて共同体のために神々に祈るのですが、こうしたことによって《個としてのすがたが不明確》になる、と。

 古事記を読んでも天つ神が誰かは不定であり、最高の神でもない、と。問題はこうした《ヘーゲルならば、精神が自然から離脱できない低次の段階、という》《原型が、中世から近世を経て、近代に至るまで陰に陽に持続している》異常な持続性を持っていることだ、と。

 こうした体制は政治的実権の下降化と身内化をうながし、日本における革命の不在の代役をつとめているのは、実質的決定者の不断の下降化傾向だ、としているのですが、そうした中で、個別具体的な問題を考え抜いて普遍性の域にまで達しているのは鎌倉幕府の御成敗式目だと高く評価しており、これは長谷川さんの『日本精神史』にも影響を与えています。

 第五章は「思想の流儀について」。

 丸山眞男は《ノンポリの政治的責任という逆説でしかデモクラシーというのは正当化できない》《宗教が坊主の宗教になったらおしまいなのと同様に、デモクラシーというのはもともと在家仏教であって》《シロウトの政治的関心によってはじめて支えられるもの》として「在家仏教としての民主主義」を提唱しています。

 それはそれで素晴らしいんだけど、具体的には民間の自主的な組織に期待するとかいうのは、今となっては弱い結論かな。当時としては、まだそうした組織はなかったからなんでしょうが、個人的にいろいろな事例を見てきた経験からすれば、21世紀に入っても、民間の自主的な組織って、サッカーのサポーターみたいなのも含めてだいたい年数がたっていけば年功序列になっていくし、自由な入退出、自由で活発な議論みたいなのは「実際にはタテマエでしょ」というのが多いな、と。まあ、百年河清を待つという具合にポジティブに考えて待つしかないのかもしれませんけど。

 にしても、アメリカでもトランプやサンダースみたいなポピュリストが出てくる一方で、日本では一向に自民党政権以外の選択肢がなく、リベラルレフトが笑っちゃうほど育っていないということに想いをいたしてしまいます。

 ここからは箇条書きで。

 丸山眞男さんの人柄については、村上一郎さんとのさわやかな邂逅が紹介されていていたのが印象的なんですが、その箇所ではある経営者を思い出しました。その人は、なにか気に入らないことがあると、夜中に庭に出て木刀を振り、その後、村上一郎の本を読んで我慢すると言っていたんですよね。今時はそんな経営者はいるのかな…。

 《人類の歴史は自由の実現をめざす歩みであり、世界史上の近代こそ万人が自由になる時代だ、と言明したのは西洋近代を代表する哲学者ヘーゲルだが、個と共同体の関係という面で見るかぎり、日本社会は、いまだ自由を求めて遅々たる歩みを進める、近代の途上にある》というあたりが長谷川さんがヘーゲルの訳業を終えてから『丸山眞男をどう読むか』や『日本精神史』を書いた理由でしょうか(p.108)。

 民間の自主的な組織に期待していたような丸山さんのナイーブなところがみえたのが、抵抗権はキリスト教から発生した、みたいな美しい誤解。丸山眞男さんは、その例としてカルヴァンをあげているんですが、カルヴァン自身、スイスで権力を掌握した後は原理主義者のような処刑をやったし、それ以前のカトリックの歴史を捨象しているような…(p.115-)。

 また、明六社解散に絡めてキリスト教の速やかな天皇制への同化は、農村への伝道失敗と、信徒の大都市に住む臣民の増加は問題みたいに丸山眞男は書いているんですけど、残念ながらパウロの時代からキリスト教は都市の中流層が中心でローマ崩壊後、権力者によって国教みたいになったんですよね。

 『丸山眞男講義録』はどれから読もうと思ったけど、キリシタンの問題を深く掘り下げて、幕藩体制は独立した価値基準を持たないまま全てをルーティン化させたのが問題という6巻から購入しました。次は原型問題を長谷川さんがよく引用していた7巻でも読もうかな、ということで終わりにします。

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