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April 30, 2016

『丸山眞男講義録7』#2

『丸山眞男講義録7』丸山眞男、東京大学出版会#2

 なんかずっと、これ読んでます。早く読むのがもったいない感じがして、じっくり。Twitterで呟く回数が多くなりすぎたので、線を引っ張るようにしています。こんな感じで読むのは、ひょっとして院でガリガリ読みまくっていた頃以来かも。とはいっても、時間に制約されるわけでもなく、なんか、本を通してとはいえ、丸山眞男さんの講義を「聴講」するのは本当に楽しい。こんな贅沢はないかも。

 で、忘れないうちに「第二章 近世儒教の政治思想」のうち「第一節 一七世紀前後の問題状況」をまとめておきます。

「第一節 一七世紀前後の問題状況」

 ここでは、徳川幕府がなぜ、世界史的にも珍しい250年の平和を築くことが出来たのか、という問題の前提となる一七世紀前後の日本と世界の状況が語られます。ポルトガルの種子島渡来は、世界史的にも新世界の発見と比肩すべき事件であるとともに、この第一の開国がなぜ、鎖国に変わったのか。あるいは鎖国がなぜ可能となったのか、という問題意識が提示されます。

 日本の広汎な大衆が、この時、初めて西欧宣教師との出会いによって個人の尊厳、自由の持つ意味を知ることになった、と。

 また、鎌倉仏教によって郷村を超えて農民が水平に連帯するダイナミズムが生まれ、それは信長vs本願寺の石山合戦にまで及んだ、と。

 しかし、キリシタンの弾圧のよる絶滅と本願寺陥落後の仏教の変質によって、政治権力が《人間の精神と行動を統制する上で最大の社会的ライヴァル》がいなくなるという例外的な事態が生まれてしまった、と。

 その結果、秩序価値が全てに優先する江戸時代が生まれた、みたいな。

 以下はいつものように箇条書きで。

 《応仁の乱で活躍した有力守護大名の家で、近世まで生き残ったものはない》ほどの大激動が戦国時代には上層部を襲い、歴史的断絶がある(p.132)。

 《西欧の西端であるポルトガルとアジアの東端にある日本とが十六世紀半ばにはじめて直接に接触したこと自体が、世界史的な事件であり、それは、いわゆるヨーロッパ史における新世界・新航路の発見時代に当たっている》(p.133)《そもそも、新世界・新航路の発見自体が、無尽蔵の富と燦然とした文明をもつと想像されたアジア世界へのヨーロッパの伝統的な憧憬に動機づけられていた》(p.134)

 西欧は熱狂し《フランス一国だけで、一五四五年から一六一九年の間に、日本に関する著書が少なくも一〇〇冊は発売されている》《これは日露戦争当時の西欧における武士道ブームを想起される》(p.135)

 日本でも鉄砲・火薬の普及が、それまでの一騎打ちの集合体のような戦闘形態を、大名による組織とディシプリンを持った軍隊に変え、これが家臣団の集中的・官僚的編成につながった、と(p.137)

 宣教師たちの非妥協的な態度、量より質を求めた布教方針によって、《キリスト教においてそのコロラリーをなす、一人一人の人間の霊魂の個体性と不滅性から導き出される個人の尊厳の観念、あるいはまた、人間にとって自由のもつ意味を、このときはじめて広汎な大衆が学んだ》(p.140)

 宣教師たちは《けだものは自由の苦悩を知らない。これにたいして、人間は最高の君主までも、自由がもたらす苦悩と罪を逃れない。この精神的緊張に堪ええないものは、獣の安楽を求めるがよい》と教えた、と(p.141)

 こうしたことが《個人の決断として、「殉教」の道を歩んだという未曾有の現象》を生んだ、と(p.142)

 権力は最初は挑発なしにキリシタン迫害に乗り出したが、殉教や非転向者に直面して、ヒステリックな恐怖心にあおられた、と(p.143)

 日本人は基本的にゼノフォビア(外国人嫌い)ではないが、この時は、信仰を信仰として迫害した、と。

 一方、自発的門徒衆による一国の支配などもあった戦国の仏教は、石山合戦の後、加賀、越前も平定されて、檀家制と寺請制による行政の末端組織へと変質していく。

 こうしたキリシタンの絶滅と仏教の変質によって、政治権力が《人間の精神と行動を統制する上で最大の社会的ライヴァルをもはや持たなくなったという事態、他のいかなる文化圏とくらべてもむしろ例外的な事態が生まれた》と(p.146)。

 ヨーロッパでもカイゼル的な「すべてに冠たるドイツ」(Deutschland über alles)の立場に立つファシズムは、それを超える価値基準を持たないから、外からの米国を中心する軍事力で打倒された。

 これは宗教・学問・芸術などの非政治的価値に基づく自発的集団の伝統が強固でなかったためだ、と(p.148)

 丸山さんはここまで書いていませんが、同じような「国家と社会」という二元論的区別の伝統を持たない日本もやはり、夜郎自大な「神の国」みたいな価値観しか持てなかったから、米国を中心する軍事力で打倒されたのかな、と。

 ということで、他の文化的諸価値を従属させ、秩序価値が全てに優先することになった江戸時代を「第二節 幕藩体制の統治原理」で分析します。

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