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March 01, 2016

『日本精神史(下)』

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『日本精神史(下)』長谷川宏、講談社

 『日本精神史 下』ようやく読み終わることができました。

 下巻は第十九章 『新古今和歌集』と『愚管抄』から。

 各章は「〇と◎」のように対比されるものが扱われていることが多いのは、プルタークの対比列伝ではありませんが、異質なものを互いに浮かび上げらせるという手法なのかもしれません。

 著者インタビューでも、歴史に対する思い入れの強いヘーゲルに影響されたと書いていますが、こんなところにも歴史の影響というのがあるんでしょうか。

 また、各章の中の対比だけでなく、藤原貴族であった慈円の愚管抄について、時代認識が不十分だとしながらも、少なくとも《時代の変動は階級意識の対象化を求めるほどに深刻だった》と結んで、二十章の平家物語につなぐ構成も素晴らしい。

 そして『平家物語』では、仏教的無常観は日本の文学的な心性とよくなじむが、万葉集では大伴旅人ぐらいしか反映されなかったものが、思想的内実を問われ、論理が研ぎすまされる中で、現実世界を広く統合する文学的情調としては登場してくる、という平家物語までの流れもまとめてくれます(p.40-)。

 面白かったのは「第二十一章 御成敗式目」

 《必要があれば、必要に応じて追加すればよい。追加すればよい。権力者がそう考えるところに、新興権力と御家人および農民との近さが感じとれる》(p.80)の「追加すればよい」のダブリは誤植かもしれませんが、それに続く《泰時にとって法はそのようにして現実に生きるのであり、そのように法を生かすのが道理をつらぬくことにほかならなかった。御成敗式目は日本精神史上まれにみる高度な知性と合理性を具えた法思想の表現であり、政治思想の表現であった》という評価は、目をみはりました。

 司馬遼ではありませんが、鎌倉時代というのは、武装した農民=武士が貴族を打ち破ることによって徹底したリアリズムが日本の精神に流れこんだ記念碑的な時代なのかな、なんてことも改めて感じます。

 『神皇正統記』の北畠親房の民衆を思いやる目線はという視点は、なかったな…。時々いるヒューマンなナショナリストみたいな印象。こういうのがたまにいるから困るんですが。

 「第二十八章 茶の湯――わびの美学」では、日本の中世において、自己に還って静かに世界と向き合う禅の精神が社会に広がるとともに、地味なもの、渋いものに共感する美意識が人びとをとらえ、枯山水、書院造、能、山水画にその表現を見出したが、茶の湯はその美意識が明確に自覚されたことを示している、といのもなるほどな、と(p.258)。

 日本史上、儒者、儒家、儒学者として名を知られる人物は、一六世紀以前にはほとんどいなくて、江戸時代に入ってから社会に受け入れられたのは、中央集権的な幕藩体制によく適合したからというのはなるほどな、と(p.290-)。

 その前提となる考え方は居敬窮理を極めた君子が治者となり、情や欲を脱却できない「小人」を教育、陶冶するのが、儒教的統治論、だといいます(p.291)。

 在野の研究者であった伊藤仁斎の、誰でも通れる大路としての真理、身近にあるものとしての真理という考え方は、「神の国」が近づいている、というイエスの宣教にも構造が似ていると感じました。居敬窮理を極めた君子が治者となることは、神の王的支配でしょうから。

 伊藤仁斎は目の前の現実を空、虚、無ではなく、欠けることのない「実」として、確固として揺るぎないものとして捉えたというんですが、そのあたりを読んでいると、元全共闘シンパで、東大紛争を契機にアカデミズムの世界から自ら退いた長谷川宏さんは、どんな気持ちでそれを書いたんだろうと考えてしまいます。

 あたかも、米国ではドナルド・トランプが共和党の指名をほぼ確実にしそうな勢いです。これも現実として受け止めるしかないのでしょうか。

 伊藤仁斎が天下之公学を理想としたことについて《その学問観は仁斎自身の学問的研鑽のただなかで得られただけに、経験に裏打ちされ、主体性につらぬかれたものになっている》というあたりの長谷川さんは「主体性」などヘーゲルの用語で語っている感じがしたので、余計に(p.300)。

 31章の西鶴・芭蕉・近松は下巻の白眉かもしれません。資本主義社会が近づく中、色・恋・金がテーマになるとともに、町人の世界でも「さび」が追求されたいく、みたいな感じで。

Norinaga

 『日本精神史』は古典を長谷川さんみずから現代語訳して紹介しているところが多いのですが、本居宣長の『紫文要領』の現代語訳は特に美しかった。

 「歌の本体、政治をたすくるためにもあらず、身をおさむる為にもあらず、ただ心に思ふ事をいふより外なし、其内に政のたすけとなる歌もあるべし、身のいましめとなる歌もあるべし、又国家の害ともなるべし、身のわざわい共なるべし、みな其人の心により出来る歌によるべし」というあたりは原文をそのまま引用するという呼吸も素晴らしい(本居宣長『排蘆小船』)。

 鶴屋南北はいまマンネリに陥っている歌舞伎が、最も取り組むべき作品であると教えてくれます。

『日本精神史(下)』目次

第十九章 『新古今和歌集』と『愚管抄』
第二十章 『平家物語』
第二十一章 御成敗式目
第二十二章 「一遍聖絵」と「蒙古襲来絵詞」
第二十三章 『徒然草』
第二十四章 『神皇正統記』
第二十五章 能と狂言
第二十六章 鹿苑寺金閣と慈照寺銀閣と竜安寺石庭
第二十七章 山水画の神々しさ
第二十八章 茶の湯――わびの美学
第二十九章 装飾芸術の拡大と洗練――宗達と光琳
第三十章 江戸の儒学――伊藤仁斎と荻生徂徠を中心に
第三十一章 元禄文化の遊戯とさびと人情――西鶴・芭蕉・近松
第三十二章 南画とその周辺――池大雅と与謝蕪村
第三十三章 本居宣長
第三十四章 鶴屋南北『東海道四谷怪談』

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