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February 16, 2016

『日本精神史(上)』

Nihonseishinshi1

 『日本精神史(上)』長谷川宏、講談社

 『日本精神史』はヘーゲルの日本語訳に取り組んでこられた長谷川宏さんの日本版『精神の現象学』+『美学講義』という感じの本です。

 最初の「第一章 三内丸山の巨大建造物」はプロローグのように六本柱巨大建築物を人々の共同体の生命力と精神力の結晶としてとらえ、「第二章 火炎土器と土偶」では、生活の道具としての土器の製作に造形の喜びを見出した工人の喜びが火の一瞬の動きを捉えるまでに邁進し、土偶は自分の宗教意識を投入できる対象としてつくられたのではないか、といささか詩的に描いていきます。

 こうした「感じとる」ことを主眼とする古代の霊信仰で依代となる大樹や石や玉や鏡には、対象自体の姿形に崇高なものはなく、神霊が寄り付くということだけが特別な意味を持ちます。そうした段階にあった日本に朝鮮からもたらされたのが仏像。仏像は、それ自身に精神が具わり、霊は寄り付く必要がない。浮遊する霊と心身が交感する宗教意識とは相入れなかった、というあたりの説明には「あっ」と思いました(「第五章 仏教の受容」p.89-)。

 仏像というのはヤマト政権にとっても衝撃だったんだ、と。そんな衝撃が社会に降って湧いたから豪族同士の血で血を洗う闘争にまで発展した、と。

 この箇所で思い出したのは、実は子供の頃のタミヤのプラモデル。昭和の時代、日本はまだ貧しく、街は渋谷でも垢抜けていませんでした。ましてや世田谷など三軒茶屋から先は田舎。そんな何もない時代、タミヤのプラモデルだけはクールだった、と福野礼一郎さんがどっかで書いていて、本当にそうだったな、と

《「当時のプラモデル屋さんの品ぞろえの中にあってこいつの存在感はもう一頭他を抜きまくっていましたね。そこだけエアコン入っているてのか日本じゃねえっていうのか。タミヤの箱を手に取る瞬間というのは例えていえば「2001年宇宙の旅」でモノリスに触る猿。
 箱を開けるとね。
 めちゃめちゃクールですよ。めっちゃめっちゃクール。
 そんなものはこの世になかった。タミヤのプラモ以外にホントこの世に存在しなかった。この当時ガキであった自分はタミヤの箱を抱えながらインダストリアルデザインとグラフィックアートに彩られたコーポレートアイデンティティの世界を感動して見つめていたんだな今に思えば。
 タミヤはカタログ作りでも日本で突出していました。ソニーよりトヨタより十数年進んでいた。
 誰もこのことを言わないのは本当に不思議なんですが、タミヤのプラモデル、あのカタログ、その企業イメージ、これはもう1960年代の奇跡だったと思います。」》
(『福野礼一郎の宇宙 甲』福野礼一郎、双葉社「タミヤのプラモデル」pp.172-173をアレンジ)

 七世紀から八世紀にかけて国家の主導のもとに盛んにおこなれたのが写経という事業で、七世紀には紙の生産量が急速に増え、大部分が経典の書写に使われたというのも知りませんでした(p.132-)。

 「第八章 『万葉集』」では
東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ(柿本人麻呂)
言はむ術(すべ) せむ術知らず 極(きわ)まりて 貴きものは 酒にしあるらし(大友旅人)
 などを思い出しました。

 「第九章 阿修羅像と鑑真和上像」では、仏像の衝撃を与えられた日本で、世界でもあまりつくられたことがなく、見本となる対象のなかった阿修羅像を独自の美意識でつくりだせるほど日本の仏師の技術が高まり、鑑真和上像では写実のなかで理想的な人間の姿を造形するまでに至った、としています。

 そして、仏像の衝撃とともに仏教が伝来して250年、ついには《多種多様な経典に正面から向き合い、教えの本質がどこにあるのかを問い、教えに従って生きるとはどういうことかを考えるに至ったということできる。最澄と空海の登場は、修行と修学が仏教の中心に位置を占めるに至ったことを示すものだった》という段階に入ったというのが「第十章 最澄と空海と『日本霊異記』」。

 空海の『秘密曼荼羅十住心論』の「異生羝羊心」の書き出しを読むと、今でも自然と生きることの大切さを説くようなくだらない環境派のヒトたちが書きそうなことを1200年も前に空海は言っているんだな、と感じ、そうした倹約や足るを知れと偉そうに語るヒトたちというのは全く進歩していないんだ、と笑えます。

 ちなみに、空海が考えた人間の心の発展は十段階。なんつうか、1000年さきがけてヘーゲルの精神の現象学みたいなことをやっているんだ、といまの凡百な大衆説教家たちとはさすがに違うと感心します*1。

 こうして最澄と空海によって、いきなり日本の精神史は高められたんですが、同時に民間信仰とも混ざり合って現世利益を説くような『日本霊異記』も生まれて人口に膾炙するんですから、いくらありがたいことを言っても受けとる方で、これだけフリーダムにやられてしまえばオワだな、と苦笑してしまいます。そして神仏習合もこうしたフリーダムさが生んだものではないか、というあたりはなるほどな、と。

 和歌で愛しているのは新古今と金塊で、古今はちょっとたるいな、と思っているのですが《喜びに悲しみが混じるのが『古今和歌集』なのだ。優美繊細な表現ともいえるが、不確定・不分明な表現ともいえる。それが平安初期の歌人たちの目に映った恋のすがたであり、かれらが歌おうとした恋のすがたなのだ》というあたりは、なるほどな、と(p.271)。

 この章は伊勢物語の最後の歌「つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふ今日とは思はざりしを」で終わりますんですが、長谷川先生の構成の妙といいますか、次の第十二章 浄土思想の形成へのつなぎが、本を順繰りに読んでいる読者に、大きな喜びを与えてくれるつくりになっています。

 伊勢物語の最後の歌から、次は「浄土思想の形成」に移って、その出だしが《この世にたいしてあの世がある。現世にたいして来世がある(中略)この世とあの世、地獄と極楽が明確な対立構造をなすものとして思い描かれるのは、そう古いものことではない》とジャンプする感じは最高!

 第十三章 『枕草子』と『源氏物語』の同じ世界を生きる読み手への信頼は『枕草子』の全篇に底流している。みんなの文学、共同性に支えられた文字ということを、書き手の意識に即していえば、「みんな」に分かってもらえる文学ということにほかならない、というあたりはハッとさせられました。

 そして、読み手への信頼感は、書き手と読み手をつなぐことばへの信頼感に通じていた。明るく開放的な『枕草子』の世界は、読み手への信頼感、ことばへの信頼感なしにはなりたちようのないものだった(p.349-)と続くのですが、これって舞台と観客にも通じるものだし、宝塚にすごく当てはまるな、なんてことも感じました。

 源氏と関係した女のうち5人が出家したが、修行系ではなく隠遁であり、この世の出来事。その現世主義は彼岸を此岸化しようとした平等院鳳凰堂や浄瑠璃寺の造営事業と似ているというのも、初期の浄土思想が、厭離穢土欣求浄土というより、俗世間から距離を置きたい、という願望が強かったのかな、なんてことも考えさせられました(p.367)。

Muchaku

 第十五章 東大寺の焼失と再建と第十六章 運慶の新しい造形意識の並びも素晴らしい。

 貴族たちが末世と感じた世の乱れも、実は庶民の活躍の場の広がりだったわけで、その頂点とも言える源平の騒乱で東大寺と大仏が消失したことで、運慶らの活躍する場が与えられ、そのための勧進に重源らの行動的僧侶が活躍し、法然と親鸞が浄土思想を深化させた、という側面が浮かび上がります。

 破壊は創造の母だな、と。

 にしても、長谷川さんが運慶の無著、世親像を舐め回すように鑑賞する描写は源信の極楽浄土を観相する行為のようだし、それがあってからこそ、法然と親鸞の思索を突き詰めていくと、ともに投げやりな言葉に落ち着く二人の最後の思想につながるような気がしました。

 今年中に興福寺の木造無著・世親立像はじっくり見物しに行こう、とも。

 昨日、書いたものとダブリますが、『日本精神史』は基本的に仏教思想をどう取り込んでいったかが通奏低音となっています。

 中華からは化外の地であった日本列島に仏教思想は、まず朝鮮から仏像として持ち込まれ、それまでの土着信仰の霊とは異なる美を通じて列島に住む人々に衝撃を与え、最澄と空海によって学術的な基礎がようやく整えられた、と。

 そして末法の時代を意識した浄土思想の取り入れも、美術や建築という形而下的なモノを通して進みました。平等院鳳凰堂や浄瑠璃寺の造営事業は彼岸を此岸化しようとした現世的な考え方に基づいています。

 そして、「浄土や阿弥陀如来の姿をありありと目に浮かぶように観想する」という初歩的な段階から、ようやく法然と親鸞によって、ただ絶対的な善を想定すれば念仏を唱えるだけで救われるという証明しようもない段階といいますか、独自の思想を形成するところまできた、と。

 と同時に、世界宗教のうちキリスト教と仏教は部族や民族という上部の枠を突破するだけでなく、宗教集団の底部を踏み破って悪行が常態の普通の人々を救う指向性を持つ宗教者を生むんですが、寡聞にしてイスラム教では知らない。もしそうした人がいて、それが知られていなかったら、それも含めての欠点かなとも感じました。

 そして道元の『正法眼蔵』になると、人間ひとり一人の行を含む行動のネットワークが世界を通じて未来を変えていくという、ヘーゲルの弁証法のような高みにまで昇る、という長谷川さん流の仏教史の見立てを上巻までに得ることができました。

 戦前の日共転向組から、全共闘挫折組まで、左翼的な運動を辞めて最初に参ったのは仏教思想という人は実は多いんです。全共闘世代に吉本さんの『最後の親鸞』が読まれたのもそのためなんですが、上巻の美学からの展開には本当に驚きました。

 掉尾を飾る道元の正法眼蔵は上巻の白眉ともいます。ぼくも吉本さんに影響されて浄土思想ぐらいはさらったけど、戦前の日共転向組並にマトモに日本の仏教思想とか全然、勉強してこなかったことを痛感させられました。読んで面白くはない、と言われていますが、いつか『正法眼蔵』にはチャレンジしてみたいかな、と。

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 口絵で一番印象に残ったのは国宝「山越阿弥陀図」。

 思い出したのはジブリの『もののけ姫』に出てくるデイダラボッチ。宮崎さんも、デイダラボッチのあの巨大さを、この図から決めたりしたんじゃないかなんてことも考えました。
 
 にしても、『日本精神史』ほんといいです。あまり新刊書で読みたのもなくなったし、下巻読んだらヘーゲルの美学講義でも再読しよ。

*1
『秘密曼荼羅十住心論』
異生羝羊心 - 煩悩にまみれた心
愚童持斎心 - 道徳の目覚め・儒教的境地
嬰童無畏心 - 超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地
唯蘊無我心 - 小乗仏教のうち声聞の境地
抜業因種心 - 小乗仏教のうち縁覚の境地
他縁大乗心 - 大乗仏教のうち唯識・法相宗の境地
覚心不生心 - 大乗仏教のうち中観・三論宗の境地
一道無為心(如実知自心・空性無境心) - 大乗仏教のうち天台宗の境地
極無自性心 - 大乗仏教のうち華厳宗の境地
秘密荘厳心 - 真言密教の境地

『日本精神史(上)』目次
第一章 三内丸山の巨大建造物
第二章 火炎土器と土偶
第三章 銅鐸
第四章 古墳
第五章 仏教の受容
第六章 『古事記』
第七章 写経
第八章 『万葉集』
第九章 阿修羅像と鑑真和上像
第十章 最澄と空海と『日本霊異記』
第十一章 『古今和歌集』と『伊勢物語』
第十二章 浄土思想の形成
第十三章 『枕草子』と『源氏物語』
第十四章 『今昔物語』と絵巻物
第十五章 東大寺の焼失と再建
第十六章 運慶の新しい造形意識
第十七章 法然と親鸞
第十八章 『正法眼蔵』

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