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January 09, 2016

『ギリシア人の物語I 民主政のはじまり』

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 『ギリシア人の物語I 民主政のはじまり』塩野七生、講談社

 知っているようで知らない古代ギリシアの歴史、特に民主政治を初めて実現したとするアテネの内政を、ペルシャとの二度にわたる戦争をどうやってリーダーたちが乗り切ったかを背景に描いています。

 主題は、日経のインタビューでも強調していたのですが、民主主義という政体がどのように機能するのかという問題でしょう。

 アメリカ合衆国が成立するまで、民主主義という制度はポリスのような小国のみで実現可能な政体と言われていました。それが、今では失敗国家や開発独裁中の国を除けば、中国以外は民主主義国家みたいな。でも、ロシアやインドを果たして民主主義国家と言っていいんですかね…。あるいはボルシェビキみたいな民主集中制も果たして民主主義なのか。

 ぼくなんかは民主主義イコール善という先入観があるために、目的も手段も正しくなければならないという思い込みがあるのですが、アメリカやヨーロッパなんかをみても、いざとなったら「面倒臭い手続きは抜きにして、リーダーに大権を与える。しかし、いったん危機が去ったら、退場させる」というオプションが暗黙の了解として組み込まれているんじゃないか、と思うようになっています。

 細かな物語の進み具合は読んでいただくとして、《古代のアテネの「デモクラシー」は、「国政の行方を市民(デモス)の手にゆだねた」のではなく、「国政の行方はエリートたちが考えて提案し、市民(デモス)にはその賛否をゆだね」》たものであり《特権階級をぶっ壊したのではない。それどころか、温存を謀った》ものだ、と塩野さんは書いてます(p.82)。

 《理想を追うことがイデオロギーという名の目的となってしまう、人間性に無知で単純な理想主義》ではなかった、と(p.83)。

 これも日経のインタビューで強調していたことですが《民主政自体ならばすでに、エーゲ海の島キオスやアテネに近接していたメガラで試みられて》いたが、《アテネとの違いは、確立できたかどうか、それともできなかったか、のちがいしかなかった》であり、実にその差は《アテネが中産階級の確立に成功したから》だ、と(p.98)。

 民主主義を機能させるためにも、比較的能力の高い人々に、やり甲斐のある仕事をつくり出さなければならない、というのはテミストクレスが成し遂げた大きな仕事のひとつです。大勢いればバランスがとれる中流の人々をいかに多くすることができるか、というのが市民(デモス)に賛否をゆだねる場合には重要ですから。

 アテネ人はもしかしたら、棄権を問題視することや小数意見をことさら重要視すること自体が民主政治の精神に反すると考えていたのかも、とまで書いています。

 にしても、飽きませんでした。それは、本人が楽しんで書いているから。

 何を楽しんで描いているかというと、それは戦闘シーン。

 陸はスパルタ主力のテルモピュレーで、海はアテネ主力のアルテミシオンでペルシャ侵攻を迎え撃つのは、マンツーマンディフェンスに見えるが、地政学的にはゾーンディフェンスになっているという戦術をカテナチオを使って説明する塩野さんは本当の戦争&サッカー好き。

 塩野さんは『ローマ人の物語』で、カエサルなどの戦術を、結局、戦闘は挟み討ちの格好に持っていけば勝てると看破していました。中央で全力で敵主力の攻撃を防御している間に、機動力を生かした部隊が後ろから挟み討ちにするというのはハンニバルもスキピオもやっていた古今の定石と説明していたんですが、今回はそれに続く名解説でした(p.171-)。

 にしても、自由気ままにギリシア人同士で侵略したりされたりしていた地域を、巨大な力で侵攻しようとしたペルシャを打倒したヒーローを、アテネもスパルタも追放したり、殺したりするんです。

 英雄を奉って、その後、地面に叩き付けるというのは、古今を問わず人間の性のようです。
 
 だから、最後のこの言葉は素晴らしい(p.345)。

.....Quote......
 人間とは、偉大なことでもやれる一方で、どうしようもない愚かなこともやってしまう生き物なのである。
 このやっかいな生き物である人間を、理性に目覚めさせようとして生まれたのが「哲学」だ。
 反対に、人間の愚かさもひっくるめて、そのすべてを書いていくのが『歴史」である。
 この二つが、ギリシア人の創造になったのも、偶然ではないのであった。
.....End of Quote......

 塩野さんは、『ローマ亡き後の地中海世界』を豪快にブローデルの『地中海』からパクりまくって描きました。今回は、そこまでのことはないでしょうが、アリストテレス『アテナイ人の国制』は改めてじっくり読んでみようかと思いました。岩波文庫で350頁超だけど、本文は120頁で、あとは注解と解説、索引みたいな。

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