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December 28, 2015

『ブラッドランド 下』

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『ブラッドランド下』ティモシー・スナイダー、筑摩書房

 ユダヤ人を中心にポーランド、バルト三国、ベラルーシ、ウクライナの人々がこうむったあまりにも酷い仕打ちとその描写には正直、ヤになります。あとでまとめるために楽なので、Twitterに読書日記風に印象的なところをつぶやいているんですが、そうすることもためらう箇所が続きました。しかし、布施由紀子さんが訳者あとがきで《加害の歴史を持つ国に生まれた者としては、読み進めずにいられない》という感じで読了できました。

 英語版をkindleでチラ読みしたのは11章のスターリニストと反ユダヤ主義のところなんですど、そこの日本語訳はまだTwitterでも引用できました。でも、8章の「ナチスの死の工場」のあたりは、さすがに「食事中の人もいるわな」とも考えてしまうぐらい。それぐらい暗くて大きな川があるんですよね。まあ、どちらも殺しまくったけど…。

 『ブラッドランド』上下を読んで、得た最大の知見は、ナチスが死の工場をつくってユダヤ人たちを最終解決と称してガス殺しまくったのは、スターリンをウラル山脈以東に追いやって、そこにヨーロッパに住んでいるユダヤ人たちも追放しようという計画がソ連軍の抵抗で頓挫してしまったからなんですね。

 冬の装備を持たずに6月22日に開始されたバルバロッサ作戦は、スターリンの軍部粛正で弱体化していたはずのソ連軍の思わぬ抵抗に遭い、モスクワ侵攻が遅れ、泥沼の戦いに陥ります(ナポレオンのロシア侵入も6月なんですが、もう少し早めることはできなかったんですかね…)。

 とにかくナチス・ドイツとソ連が故意に行った大量殺人政策によって1400万人が流血地帯(ブラッド・ランド)で殺害されました。厳密に考察を進めるためにハンガリー、ルーマニアのユダヤ人を含めないため、この数字はかなり限定的だそうですが、それでも第二次世界大戦における米英の戦死者を1300万人上回り、アメリカが過去戦った外国との戦争で戦死者すべよりも同じく1300万人多いそうです(「数と用語について」p.283)。

 著者のモチーフは、ナチスとスターリンは33-45年にかけて1400万人もの人々を殺害したが、その経過をたどることは、きわめて重要なできごとをヨーロッパ史に組み入れることでもあった、というあたりでしょうか(p.234-)。

 引用が必要な方は下巻の「数と用語について」と「要旨(アブストラクト)」だけでも目を通してはいかがでしょうか。

 にしても、最近のkindleには英々辞典が自動表示されるWord wise機能がついているので、ぼくのようにそう語学が得意ではないものにとってはありがたい限りです。そういえば誤植を発見して版元にも伝えました。

 p.230でプラハの春を潰したワルシャワ条約機構の侵攻に参加したのはソ連とポーランド、東ドイツ、「ベルギー」、ハンガリーとある部分のベルギーはもちろんブルガリアの間違いです(kindleで原書も確認、p.230)。

 あとは今のイスラエルの政党が左右極端なのは、ドイツとソ連によって中道的なアグダス・イスラエル(Agdath Israel)が潰滅されたからかもしれないと感じました。リーダーはつねに中道。だからドイツ占領下、ソ連に排除された、とも言えます。

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 ということで、例によって、後は箇条書きで。

 ドイツ占領下の地域で亡くなったユダヤ人はおよそ540万人に上る。その半数はモロトフ=リッペントロップ線の以東の地域で、ほとんど銃弾により、一部がガスによって殺された。残る半数はモロトフ=リッペントロップ線以西で、ほとんどが餓死により一部が銃弾によって殺害された、と(p.51)

 ワルシャワゲットーで蜂起したユダヤ人たちの士気を挫くために、ドイツ人はポーランド人のために遊園地『カンポ・デ・フィオーリ』に回転木馬をつくった。ユダヤ人たちに、外の人間が興味を持ってないと思わせるために、というんですが、なんと残酷な心性でしょうかね。

 ドイツ軍はソ連よりはイギリスかアメリカに降伏したいと考え、一目散に西へ向かった。このため置き去りにされたドイツの民間人は、女性はソ連兵の餌食にされ、男性は強制労働収容所へ送られたそうです。この時の強姦の嵐は、ドイツ史のタブーになっていましたね。

 クリミア半島からムスリム勢力がソ連によって一掃されたのは1943年。そこにユダヤ人国家をつくるという案もあったが、スターリンはユダヤ人を極東地域に強制移住させた。第二次大戦で最も被害を受けたのはロシア人だったというプロパガンダを広めるために大虐殺は秘密にされたそうです。

 イスラエルの初代ソ連大使は後に首相となるメイア。彼女はキエフ生まれのアメリカ育ちだったというのは知りませんでした。独立時に武器を貸与したことにイスラエルはソ連に感謝していたが、やがてスターリンは再びユダヤ人弾圧に動きます(p.186)。

 ポーランドは500年にわたってヨーロッパ・ユダヤ人の中心地だったが、90%が死亡した。故郷に帰ろうとしたが差別され、ドイツ経由でイスラエルかアメリカに渡るため、彼らはまずドイツの難民キャンプに行ったというのは、なんと皮肉なことか…(p.194)。

 50年代にスターリンは30年代のような国家の支配者ではなくなり、ソ連も以前のような国ではなくなっていた。長期間モスクワを離れている間に政治局のメンバーが定期的に集まるようになっていた。スターリンは大テロルに持ち込める公安責任者をみつけられなかったそうです(p.220)。ここらへんの変化をもう少し知りたいと感じました(にしても、スターリニストの精神はいまだ日共とかいう自称革新政党に残っている、と感じます)。

 第二次大戦までは、まだ動物と人間の力で鋤と軍隊を動かしていた、と。資本はいまのように流動的ではなく、はるかに乏しかった。食糧も石油も鉱物も貴金属も、すべてが事前資源だった。グローバル化は第一次世界大戦で阻まれ、自由貿易は大恐慌によってさらに妨げられたことが戦争を引き起こしたんですよね(p.255)。

 流血地帯におけるナチス協力者の大半はソ連で教育を受けていた。共産主義教育を受けたソ連兵がドイツの殺害施設の職員になったり、人種差別を吹き込まれたホロコーストの犯罪者がソヴィエト・パルチザンに加わった、というあたりは教育の非力さを表しているのかも(p.262)。

 あえて、乱暴な言い方をすれば、ぼくは学校教育から得たものは友人以外あまりないと思ってます。学問も内発的なもの以外は無意味かも。

 下巻の「結論 人間性」は鋭い。スターリンもヒトラーも死ぬまで自分は国際資本主義やユダヤ人の陰謀の被害者だと主張し続けた。21世紀の世界でもこうした主張してはわき起こっている。人間の被害者意識を持つ能力には限りがない、というあたりはまったくそうだと思いました(p.263)。

 ヨーロッパの人たちでさえ第二次世界大戦の犠牲者で《誇張した数値を切り返し発表し、自分たちの文化の中に、存在したこともない何百万人もの人々の幽霊を解き放っている》《歴史をないがしろにすれば、数値が跳ね上がり》すべての人類に危難をもたらす、と(p.274)。

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