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November 02, 2015

『未完の「国鉄改革」』

Kasai

『未完の「国鉄改革」』葛西敬之、東洋経済

 誇らしげに業績をひけらかす「私の履歴書」を批判ばっかりしていてもしょうがないので、改めて、葛西さんが国鉄改革を振り返った『未完の「国鉄改革」』を再読してみることに。

 刊行された01年当時も、もちろん読んだのですが、田中角栄が倒れたことに全くふれず、国鉄改革のスキームで自分の思うとおりにならなかった新幹線保有機構と貨物会社のスキームについて、ここぞとばかりに批判するやり方には呆れかえってしまい、マトモに熟読しなかったんです。

 なんで新幹線保有機構が東海道新幹線からの利益を吸い上げ、貨物会社が6社の旅客会社から独立した全国一本の会社になったかというと、改革3人組が全員「自分は将来、東日本の社長になる」と考えてつくったからです。それをしらばっくれて、どちらも自社の経営には負担となる東海の経営を任されたいって批判するのは図々しいと思っていました。

 葛西氏は、最後のあたりでも分割民営化に当たって、経済合理性が貫徹されなかったとして、東海道線を多数の列車が走行してるJR東海の在来線とバッティングする貨物会社と、東海道線新幹線の利益が分配される新幹線保有機構をあげるなどエゴイスティックな主張をするんですが、返す刀で市場経済を批判するあたりは呆れます。公共交通の重要性を語った口で、自分の会社の利害に関わる部分では徹底的に経済合理性を要求するとは、なに矛盾することを言ってるんだ、と。

 15年前、終章の粗雑で企業エゴに満ち溢れたところを読んだので、全体はバカらしくてちゃんと読まなかったけど、改めて今回、読み直して「俺が全てを取り仕切ったというアングロサクソンのエゴ丸出しの自叙伝のような感じが改めてしました。しかし、なるほどと感じたこともあったんです。

 あるお偉いさんが「誰がやっても東海は黒字になるから、葛西君の経営者としての評価は分からないが、漢文の素読から鍛えられた古典の大衆哲学者としては評価する。そうした人間が組合問題も含めて保守的な常識を貫徹させたのがあの会社」と評していたのも思い出しながら「私の履歴書」を読んでいたんですが、時間というのは恐ろしい。あんな粗雑な「葛西史観」が、東日本の松田、西日本の井出という改革3人組の2人が事故の責任をとって公式の場から姿を消すと、まるで正史のように語られはじめるんですから。まさに歴史とは勝者が書くものだということを実感しつつ、いろいろ考えながら再読しようと思った次第。

 にしても、最初に読んだ時は反感が先に立っていたんですが、再読すると、なるほどと思うことも書いてある。島技師長から聞いた、標準軌の独立高速単独線をつくることによって、狭軌のネットワークが様々なスピードの違う列車が混在することから解放され、より効率が良くなるというあたりはなるほどな、と。

 東海道新幹線は完璧な優良、採算投資で、インフラ投資の例外中の例外だという、というあたりも。最近、世界中で、PFI(インフラ整備を民間の資金を活用して行う手法)で成功した鉄道はないということも聞きまして、そうした意味でも、奇跡的な物件だったんだな、と。中国資本で建設されるインドネシアの高速鉄道、イギリスの原発がうまくいくといいですな(p.22)。

 前に紹介した元国労の秋山企画部長の本では、マル生で国鉄総裁が不当労働好意を陳謝したのは、沖縄国家を乗り切るための政府の指示だったとしているが、葛西さんは、まだこの頃ペーペーだったろうから、沖縄県国会の最中に陳謝したとしか書いていないあたりは可愛いもんです(p.52)。しかし、葛西さんと秋山さんの認識が共通しているのは、マル生の勝利に酔った国労・動労の日共、協会派、新左翼指示の少数グループが現場で力を持って、穏健派の民同左派の統制が効かなくなり、当局のモラルハザードも加わって現場が混乱したと。ここらへんは、なんか帝国陸軍みたいだな、と改めて感じました。

 葛西さんは静岡に続いて仙台鉄道管理局の総務部長として赴任するんですが、そこでは「労務指揮権、施設管理権の厳正な行使」が期待されてた、とわざわざ書かなければならないほど、職場規律が乱れていた、と(p.110)。

 そうした中で就任した大蔵事務次官だった高木総裁は元国労委員長の村上義光を監査役に登用するなど組合の経営参加を目指したんですが、葛西氏は組織行動になんらかの影響があると思うとすれば、それは組合の組織について理解が浅いゆえだったとコキ下ろすんです。しかし、それは国鉄改革末期の崩壊を見たから言えることなんじゃないかな、と(p.133)。

 まあ、第二臨調の第四部会で名鉄の竹田社長が『国鉄をよくするといっても労組がある限りやりようがない。経営を引き受けてくれといわれても、組合抜きなら』と名鉄商法を自慢気に語るのもなんですが、まあ、労働天国であったことは間違いありません(p.182-)。

 葛西さんが分割・民営化で参考にしたのは電力。推進派の立場の朝日の大谷健『興亡』と、分割反対の立場から書かれた近藤良貞『電力再編成日記抄』というんですが、どちらも、いまは絶版。買おうとしたら一冊数万円。こうした時に、Googleのテキスト化計画というのはぜひ、進めてもらいたいな、と。

 国鉄再建監理委員会を執行権のない八条委員会したのは、鉄道への管理監督権限がなくなることに危機感を覚えた運輸省。しかし、重みと実効性を持たせるため、原子力委員会のように総理大臣以下が意見を聞き、十分に尊重するという一文を入れた、というあたりは、忘れていました(p.187)。

 にしても、国鉄再建監理委員会が発足した1982年は東北、上越新幹線が開通した年だったんですね…。

 また、過激な動労が、国労よりも会社側の提案を呑むキッカケとなったのは、実際に運転している実ハンドル時間が3時間以下だった動力車乗務員の合理化を呑んだ方が、結局、自身の組織を温存できると考えたからだ、というあたりも、なるほどな、と。ここら当たりは、秋山さんが『未完の「国鉄改革」』を読むまではわからなかった、というあたのなのかも。

 これは、余剰人員があまりにも多くなったので、国鉄は新規採用停止に追い込まれたんですが、それにともなう合理化をやらなければ、国労の多い駅などの営業職場(国鉄用語。単なる駅員です。営業などやりゃしない)からか運転士を養成することになり、運転職場における動労の比率が小さくなくっていくことに目をつけ、合理化を呑むように迫ったというんです。なかなかやるな、と。

 葛西さんの職員局時代といいますか、労組操作、国労潰しというのは、こうした採用停止による合理化をバックに「組合の大小に関わらず、賛成する者がいれば逐次話を進め、場合によっては少数組合とも詰めてしまう」という戦略性にみちた手法だったんですが(p.204)、動労をテコに使っていた分、戦いすんでJRとなった後には決裂し、講演先の大学でペンキをぶっかけられたり、愛人との写真をバラ蒔かれたりしたんだな、と。

 林、黒野氏ら再建監理委員会の運輸省出向組と国鉄三人組との関係は84年間夏まではしっくりいってなかったというあたりも初耳(p.207)。ちなみに運輸省からの再建監理委への出向組は事務次官になりましたし、3人組はみんな本州3社の社長・会長となりました。

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