『なつかしい時間』
『なつかしい時間』長田弘、岩波新書
枕頭の書としている『アメリカの心の歌』の著者である詩人、長田弘さんの『なつかしい時間』が、同じく岩波新書から出ていたのを見逃していまして、あわてて読みました。
岩波は書店に対して買取を求めますんで、大きな書店以外では毎月出る新書や文庫を見逃すことがあるんですよね。ま、そんなことはおいといて。
この本はNHKテレビの「視点・論点」に17年間にわたって48回出演して語られた原稿を時系列で並べたもの。
第1回は1995年8月28日で「国境を越える言葉」というタイトルがつけられて、宮澤賢治の『烏の北斗七星』とバジェッホの『群衆』が紹介されています。
この年は阪神・淡路大震災とオウム事件が発生した年で、まったくAnnus horribilis(恐ろしい年)でした。いまとなっては、なんで分からなかったんだろうと思いますが、当時はまだあった経済の不調は一時的なもので、またすぐ10%近い経済成長がやってくるに違いないという雰囲気がありましたが、そうした空気を震災とオウムが完全に消し去ったという感じがします。
長田弘さんは『アメリカの心の歌』でも語っていた、風景の中に自分があり、風景が自分をつくっているという感覚とともに、言葉を信じることの大切さを『なつかしい時間』でも語りかけています。
『アメリカの心の歌』ではジム・クロウチについて《歌が刺激にすぎなくなっていって、音に隠されて、言葉が意味を失っていったときに、ジム・クロウチのしようとしたことは、言葉にせめて意味をかえして、人生の物語を人びとにかえすことだったと思う》(p.35)と書いています。
『なつかしい時間』では個人が発信する機会が増えたことによって独白の多くなったことが嘆かれ《独白の言葉はいわば一方通行の言葉。他の人にとっては向こうから一方的にやってくる言葉。マニュアルの言葉はそうした独白の言葉の一種です》とコミュニケーションによる陶冶を経ていない言葉が増えているとした後、いま必要なのは《言葉を信じられるものにするという言葉のあり方です》と結びます(p.111-)。
本に親しむということは、物理的な本が傍らにある環境をつくることが重要だということが何回も語られていて、ハッとしました。偉そうかなと思って躊躇することもあるんですが、これからも本を贈っていこうと思いました。
《今日、改革が望まれるさまざまな問題は、じつはすべて「場」の問題です。改革というのは、つねに「場」の改革だからです》(p.87)というあたりは、知り合いの政治家に贈りたい言葉です。
フェルドゥースィーという歴史家が残した『王書』には、アホな原理主義的シーア派イスラム教がのさばる前のゾロアスターの国でもあったイラン=ペルシャの姿が記されているそうで、いつか読んでみたいな、と思ったら『タバリーによるシャーナーメ・上下巻: 古代ペルシャ諸王の歴史ものがたり』はkindle端末を持っているAmazonプライム会員はタダで読めるそうで、ラッキーだな、と思ってさっそく上下巻をダウンロードしました。
「すべて世は事もなし」「日も暮れよ、鐘も鳴れ、月日は流れ、わたしは残る」「また見付かった、何が、永遠が、海と溶け合う太陽が」「四月は残酷極まる季節だ」というフレーズは有名ですが、これらはすべて訳詩だというのは分かりませんでした。
紹介されている井伏鱒二が感動したという全山アスナロの森に行ってみたいと思いました。まだ、あるのでしょうか。福山城と平泉中尊寺は全てアスナロの木を使っているのだというんです。
《文明というのは、その場所を、なくてはならない場所にしてきた営みをきれいさっぱり地上げする》(p.127-)ということで、新しい情報技術は、なくてはならない場所、という考え方、感じ方をなくして、場所からの自由を、際立った特徴にしているというあたりは、なるほどな、と。長田さんは否定的に書かれているんですが、ぼくは肯定的に感じています。もちろん、場は必要だと思いますが。
全篇が詩のような作品ですので、あまり詳しくご紹介するのも気が引けるので、最後にエミリ・ディキンスンの詩を紹介して終わります。
彼女はいまやポー、ホイットマンとともに19世紀アメリカを代表する詩人となりましたが、生前は自分の部屋からほとんど出ずに過ごし、死後に発見された詩が人々の心を掴みました。
一つの心が壊れるのをとめられるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう
一つのいのちの痛みを癒せるなら
一つの苦しみを静められるなら
一羽の弱ったコマツグミを
もう一度、巣に戻してやれるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう
こんな詩を読んでいい気になるのはみっともないと思いますし、恥ずかしいことだと思いますが、覚えておくには悪くないかも。
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