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October 25, 2015

『ヒョウタン文化誌』

Gourd_history

『ヒョウタン文化誌 人類とともに一万年』湯浅浩史、岩波新書

 山本義隆さんの『私の1960年代』をはさんでしまったのですが、今年、最も読書の愉しみを味わった本です。

 ヒョウタンは軽い上、中が空洞で水入れとしてはこの上なく重宝な人類の原器であり、くびれのあるヒョウタン型だけでなく、壺型など形も多種多様。日本を除く世界の初期の土器が壺型をしているのは、ヒョウタンがモデルの可能性が高いとのこと。また、楽器も弦と組み合わせた弓琴が最初など、とにかくエキサイティング!

 日本の宮中でも矢をつがえずに弓を引き鳴らす習わしが行われていたそうですが、ブンブンと鳴る弓弦の音は、弦楽器のルーツで、そこに共鳴する空洞のヒョウタンを付けた、とのこと(p.118-)。シタールなどが有名ですが、この楽器としての活用を長年撮りためた写真で綴るあたりは本書の白眉です。

 とにかく、ヒョウタンに水を入れて運ぶことによって、人類は長距離異動ができるようになった可能性が高いのですが、世界各地には、洪水によって人がほろび、生き残った二人が民族の始祖となったという神話が広く伝えられています。肥沃な三角地帯で生まれたギルガメシュ叙事詩をルーツとする聖書ではノアですが、中国ではヒョウタンで乗り切った話が伝わっているとのこと(p.173)。

 ヒョウタンというモノがなければ現世人類の出アフリカも、南アメリカ南端までのグレート・ジャーニーもなかったかもしれません。

 司馬遼太郎さんは土器を第二の胃袋だとして、おき火に置いた土器の中でぐつぐつ煮込むことによって、それまで食べられなかったものを食料とすることが出来るようになったと書いていましたが、実は土器の前にも壺型の座りの良い瓢箪を同じように利用していたことも考えられるとか。

 このほか、源氏物語の蒼と夕顔は陰と陽の象徴だというあたりの話も素晴らしかった。夕顔はヒョウタンの一種。宮中行事で葵をかざした力士と、夕顔をかざした力士が対戦する節会があるです。陰暦7月7日は梅雨明けで、空梅雨なら、夕顔をかざした力士が、長雨続きなら葵に勝たせたとのこと(p.177)。

 学者さんが誰に言われたのでもなく、ただただ内発された対象について、生涯をかけて研究したことを、こんな
にわかりやすい形で発表してくれるのは、なんてありがたいことなんでしょうか。

 本当に贅沢な本だと思います。あまり言わないと思っていますが、どなたにもぜひ一読をお勧めします。
 『清兵衛と瓢箪』は多くの方が読まれたと思いますが、あの本で描かれたなんとも優美でありながらユーモラスな型の中にこんな歴史が秘められていたとは驚きです。

 映画『ラスト・エンペラー』で幼い頃の溥儀がコオロギをカゴのような入れ物に入れ、それを後年、なにもかも失った彼が再び見つけ出すと、中からコオロギが出てくるという印象的なシーンがありましたが、あの入れ物はヒョウタンだそうです。あのシーンは、ヒョウタンの持つ長寿のイメージを重ねたのかもしれません。

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