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September 16, 2015

『骨が語る日本人の歴史』

Bone_japan

『骨が語る日本人の歴史』片山一道、ちくま新書

 169頁からのサマリーだけでも読む価値あり!

 縄文人は世界でも有数の「海の民」であり、身体特徴は世界中くまなく探しても類を見ないほど特異的。アボリジニやボリネシアンなどと同様、長く孤立して独特な身体特徴が表現されたケースであり『現生人類の大海に浮かぶ人種の孤島的存在である』という研究者もいるほどだ、というのには驚きました。

 ぼくは吉本隆明さんの南島論に影響されていたので、琉球の人々は、縄文文化を携えて九州方面から広がってきた人々が基礎になっており、港川人など後期石器時代の流れは途絶えて一万年ぐらい無人に近かったというのにも驚きました。南島論では、沖縄のシャーマンが古代王朝に影響を与えような書き方だったと思うんですが、『DNAでたどる日本人10万年の旅』崎谷満、昭和堂でも、成人T細胞白血病の細胞分析からきていたアイヌ・沖縄同根説が違うかもしれない、というのと琉球語には西九州の影響が強く残っている、というあたりに驚かされたんですが、骨というさらに唯物論的な対象の研究でも現代沖縄人は、mtDNAも血清Gm型も日本人の範疇に収まるとのこと…。

 南島論は柳田國男からの系譜もあるんですが、琉球のシャーマンたちの儀式と天皇即位の際の大嘗祭の類似が指摘されていたけど、骨を分析すれば南九州の弥生人が沖縄にわたって、グスクをつくるなどして内乱の後、15世紀に琉球王朝が成立したけど、17世紀にあっさり薩摩に侵攻されてしまった、という身も蓋もない歴史になるという。さらに、著者は「アイヌは擦文文化人、続縄文人、縄文人に遡れるが、オホーツク人とも混交するなど、北方系民族の影響を強く受けている。このアイヌと、日本人、日本語との類似が高い沖縄人とは、事情が異なる」とまで書きます。

 吉本さんは、今の沖縄は経済的に本土に収奪されるばかりで、そうした状況も変わらないが、せめて文化的には日本の王朝に先立つ文化を持ち、それに強い影響を与えたという優越感だけでも…と言いたかったんだと思いますが、それもないんじゃ、どのように民族的なロマンスを持っていけばいいんでしょうか。ま、そんなものはない、ということなんでしょうけど。

 とにかくサマリーをさらにサマライズすれば、北から西から列島に流れ着いた小数の人々は、完新期の温暖化による海進により孤立した、と。列島には大陸部には少ない臨海部が増え、多彩な海産物が、縄文人の身体的特徴を生んだ、と。彼らは外から来たというより日本という「縄文列島」に産まれ育った、と(p.183-)。それは列島にバラ蒔かれたゴマ粒のような存在だったけど、それをベースに各地域でさまざまに変容した縄文系「弥生人」が育ち、そこに、北部九州から日本海沿岸部にかけて住み着いた渡来系『弥生人』が重なった、と。続いて、そのあたりを中心に両者が混合して生まれた混血『弥生人』が加わった。これら総体が倭人である、というんですね(p.108)。

 前書きでは、身体史観からすると、現在の歴史教育や、司馬遼太郎の史観にも問題が多いということが書かれています。そうした従来の日本人論に対抗する『もうひとつの日本人』の試みとして、お読みいただけたら幸いである、と(p.12)。

 旧石器時代人は日本列島の少なくとも5000地点以上の場所で遺跡が確認されており、海退期に大陸と日本列島は半島のようにつながっていて、北海道経由、朝鮮半島経由、台湾方面経由ありと、北からも西からも南からも、人々がやってきた、と(p.21-)。

 さらに、ぼくなんかも覚えている明石原人は、太平洋戦争の敗戦で打ちひしがれた日本人に長い歴史を与えようとした産物だというんです。明石原人は1980年代に否定されましたが、それを補うように捏造されたのが高森原人の旧石器遺跡事件。

 著者によると何十万年前の北京原人時代に日本列島の歴史は空白で、数万年前でさえゴマ粒ほどしか存在してなかった、と(p.34-)。

 日本人はなかなかやったという司馬史観が流布されたり、明石原人、高森原人が捏造されるのは国民の願望が絡むからであり、琉球列島で発見された港川原人は、琉球諸島に限定された人々で、縄文人南方起源説は再考すべき、と断言(p.36-)。

 さらに問題となっている琉球の港川原人の骨が残ったのは石灰岩地帯だったからというんですね。縄文人の骨が貝塚から見つかるのも、貝殻の炭酸カルシウムで酸性度が弱まるため。貝塚は生活空間の中心で、食べカスや廃棄物の他、死者を葬った。わざと壊された土偶や人面土器も見つかる、と(p.52-)。

 また、骨からは皮膚、目の色唇の厚さ、一重か二重かの瞼の様子などは分からない。よく博物館などで見かける復顔像は、信を置かない方が良いってマジっすか…と思いましたよ。縄文系、弥生系の顔の再現なんか、うっかり信じると大変なことになりますよね(p.58-)。

 渡来人の数は白村江の戦い後に百済の敗残兵が2000~3000人が亡命したらしいんですが(関晃『帰化人』)、5~8世紀にかけての帰化人は1万人ほどしかいないというという推計もあるそうです(鈴木『日本人の骨』)。すくなくとも100万人規模の想定は過大評価、と(p.130)。
 このほか、江戸時代の京町民の一生には、乳幼児死亡率の高さ、女性は20~40歳の出産クライシス、男性は40~50歳の頃に急に高まる死亡率という三つの人生の曲がり角があったとのこと。男性の40~50歳の死亡率の高さは猖獗を極めた梅毒の影響もあるけど、とにかくその年齢の死亡率の高さは厄年の謂れなのかも、と(p.156)。

 さらに戦後の日本人の身長が13㎝近く伸びたのは、乳幼児期のおける乳用製品の普及と離乳年齢の短縮による成長パターンの西洋人化だと断言(p.159-)。現代日本人は下顎骨が速く小さくなりすぎたので、合計32本の歯が十分に生えるスペースがなくなり、現代日本人の歯並びの悪さは世界でも突出しているという指摘にも驚きました(p.198-)。

 日本学を専攻する外国人の研究者では「日本人とは、日本人論の好きな人のこと」という定義があるという話には笑いました(p.220-)。

 織田信長の自画像とされる絵は、鼻の大きさと口の小ささはあり得ない組み合わせだからニセモノとのこと。それで思い出したのですが、スケーターの織田某が本当に子孫かどうかは知らないいのですが、鼻が大きければ口は大きいということで、少なくとも、そこだけは辻褄があっているな、とは感じました。

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