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July 05, 2015

『日本占領史1945-1952 - 東京・ワシントン・沖縄』

Occupaid_japan

『日本占領史1945-1952 - 東京・ワシントン・沖縄』福永文夫、中公新書

 日本の近現代史の本、特に戦前の昭和史をずっと読んでいて、『近現代日本を史料で読む』も面白かったので引き続き、今度は占領史でも勉強し直そうかと思ったら吉野作造賞を受賞したというので読んで見ました。

 にしても、沖縄戦と原爆2発、シベリア抑留さえなかったら、もう少し戦争のダメージは少なかったんだと思うんですよね。そんなことを考えながら、まずは終戦にいたるまでを読みますと…。

 1945年4月5日、小磯内閣は蒋介石との和平工作に失敗して総辞職。同日、ソ連は日ソ中立条約を延長しない旨を通告してきたんだから、東京大空襲もあったし、ヤルタ会談のあった頃には近衛の終戦上奏もあったんだから、この時点で止めとけばよかったのに、昭和天皇の「もう一度戦果を挙げて」に押し切られたのは残念を通り越して、感情的にも戦争責任は免れないかな…。

 しかも、45年6月22日の御前会議でソ連を通じた終戦斡旋を行うことが決定されたが、翌日、沖縄戦が事実上終結。7月13日、ソ連に近衛訪ソを申し入れたが、スターリンとモロトフは返事もせずにポツダムに発とうとしていた、という手順前後は情けない…(p.19)。

 硫黄島を陥落させた後、ニミッツは慶良間諸島に上陸。同時にニミッツ布告を出して、南西諸島の日本政府の権限を停止、実戦部隊による軍政を始めた。だから、日本本土の占領とは異なり、戦時国際法のハーグ陸戦法規に基づくものだった、というのは知らんかったなぁ…(p.14-)。

 8/15に鈴木貫太郎内閣は総辞職、翌日、東久邇宮に大命が下り、外地軍の説得のため、朝香宮、竹田宮、閑院宮の三皇族がそれぞれ中国、朝鮮、南方に向けて発った、と。終戦は、皇族頼りだったんですね(p.24)。

 いまさら自分の無知には驚きませんが、一億総懺悔も東久邇宮の記者会見での言葉だったんですか…(p.28)。ちなみに、敗戦直後に首相に就任した東久邇宮は長い在欧経験から、労働問題にも理解があり、労働省の創設を述べたり、マッカーサーの指示の前に労働法制を審議する委員会を設けたんだそうですよ。

 近衛の女婿で側近の細川護貞は「米兵暴行事件、二三あり、我兵が支那にて為せる暴行に較ぶれば、真に九牛の一毛なるも」(『細川護貞』下)と記し、重光外相も「此点は大凡支那及南方に駐屯したに湾軍の行動とは雲泥の差異がある」(『重光葵手記』)と残しているんですが(p.36)、歴史修正主義者たちは、すっかり忘れているんでしょうね。

 いよいよ、占領の話ですが、9月のマッカーサー・天皇会談の後も、11月にGHQは皇室財産を凍結。12月には梨本宮守正王を戦争犯罪人に指定さして巣鴨プリズンに収監。さらには木戸幸一内大臣、近衛に出頭命令が出され、国家と神道の分離を命じる司令を発するなどプレッシャーはかけまくっていたんですね。

 公務員ストは、公務員が雇用者である国民に対し、団体交渉で圧力をかけ、ストを行うことは非民主的であり日共を助長するだけというフーバー案に対してAFL出のキレンはイギリスでもスト権は与えられると反論したが、マッカーサーはフーバーを支持。日共のダラ幹が占領軍を解放者と勘違いして、その勘違いを反省せずに、憎さ百倍になって2.11ゼネストやその後の武装闘争に突入していくという流れの中で、意外と、これは大きな決断だったかも。まったく、日共の指導力というのは恐れ入ったもんですw大笑い。

 マーシャルプランがドイツを要にヨーロッパ全体の復興と統合を意図し成功したのに対し、アジアでは日本が唯一の工業国であったので、アメリカと日本の結びつきを強固にする復興となったという指摘はなるほどな、と(p.228)。

 朝鮮戦争について在日イギリス大佐館は、ドッヂラインによる緊縮で生まれた受給ギャップは、米軍からの大量の注文でカンフル剤で埋められた、と最初からみていたというのは冷静ですよね(p.283)。にしても、日本経済は朝鮮戦争とベトナム戦争という二つの戦争のおかげで、大きな調整局面を経験せずに順調に経済発展が遂げられたたんだよなという感を改めて強くしました。

 この本は日本の占領とともに、沖縄の占領にも多くの頁を割いているんですが、宮古と八重山は戦場と化した沖縄本島からは孤絶しており、本島との連絡も途絶え、一時無政府状態に陥ったというんですよね(p.78)。ここら辺のこと、まだ本で読んだことないですね。米国が「独立する?」と聞いてきたけど、いや日本に帰属するという結果に終わったとかという話しも読んではいないんですが…まあ、専門家じゃないんで…。

 沖縄の軍政長官は、マッカーサーによってフィリピン・琉球軍司令官が任命される。これは戦時中フィリピンに貯めていた莫大な量の戦略物資を沖縄に送り込むため。沖縄は陸軍の兵站の終末点として、忘れられた島になっていった、と(p.132-)。

 にしても北一輝の実弟の北昤吉は、戦後の憲法制定会議で自民党を代表して冒頭質問に立ったのか…なんで公職追放にならなかったんだろ(p.123)。

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