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June 03, 2015

『知の格闘』

Chi_no_kakutou

『知の格闘』御厨貴、ちくま新書

 御厨・時事放談・貴先生は12年に東大教授を退職しましたが、前年9月から半年をかけた最終講義を行いました。テーマに沿った御厨先生の講義、若い研究者からのコメント、会場からの質問への応答とい3部構成で、ちくま新書から『知の格闘』と題して出版されました。

 ぼくは古いタイプの人間なので、新書というのは研究書のダイジェストみたいな印象があるのですが、中公新書の『近現代日本を史料で読む―「大久保利通日記」から「富田メモ」まで』について「研究者向けに書いたら一般にも読まれている」と書かれていて、もうそういう時代なのかも、と思いました。

 買っておいたままになっていたこの本を読もうと思ったのは、『歴史と私 史料と歩んだ歴史家の回想』伊藤隆、中公新書で、オーラルヒトリーを二人三脚で進めていたと思っていた伊藤隆先生と御厨貴先生が絶縁状態になっていると知ったから。

 御厨先生はムーミン的な体系からは優しいイメージがあったのですが、どうも、違いますね。政策研究大学で始めたオーラル・ヒストリーは年間1億円の予算が5年ついたそうですが「携わる人たちが次から次へと勝手をやった。質よりは量」「これ以上やったら自分自身が壊れると感じ」て、伊藤先生たちと袂を分かち、東大に移ってからは「調査書の報告で少しずつ活字化し、でるものは商業出版にするということで進め」るようにした、と(p.20)。

 あと、五百旗頭真さんとやった東日本大震災復興構想会議ですが、メンバーたちが「同窓会をやろう」と言ってくるのに対して「もし同窓会をやって酒を飲んだら、皆を並べておいて全員を殴打するだろ。それくらいの気持ち」だそうで、「同窓会をやったら血を見る」とまで語ります。まあ、あの手の丸投げ会議をまとめようというのは大変で、しかも委員なんていうのは勝手なことをしゃべりまくるわけで、並べておいて全員を殴打したいという気持ちはすごくよくわかります(p.89-)。

 意外だな、と思ったのは、御厨貴さんは高度成長期という時代が何であるのかを解き明かしたいがためにオーラル・ヒストリーを始めたというあたり(p.36)。

 政治家個人の話しでは、やっぱり小泉純一郎さんが面白かった。《小泉純一郎という人は記憶を失っています。変な言い方ですが、やったことをたぶん次から次へと忘れていっている人がだと思います。忘れていっているから総理職が五年間もったんです。いちいち考えていたら、小渕恵三さんのように頭の中がいっぱいになって最後はプッツンするところまでいってしまいます》というのはなるほどな、と。

 憲法改正についての研究会のまとめを、JR東海の葛西と官邸に持っていったら、ソファで寝っ転がっていて「憲法改正だって?」「説明、要らない。それは俺、関係ないから。あれは党に投げてあって党が決めるから。俺のところに持ってくるのはお門違い」と終わったとか。自分の関係ないことは受け付けないし、記憶もしない、と。さすが小泉さんだわな、と(p.51-)。

 後藤田さんのオーラル・ヒストリーで削られたところがあるそうで、それは菅直人に対する「あれは運動家だから統治ということはわからない。あれを総理にしたら日本は滅びる」というコメントと、公明党に対する「やっぱり危ないと思うのは共産党と公明党だ。この国への忠誠心がない政党は危ない。共産党は前から徹底的にマークしているからいいが、公明党はちょっと危ないよな」という発言(p.62-)。

 明治の元勲については大日本帝国憲法にも規定がないんですが、事実上、内閣より上の存在でした。それについて、元勲とは「明治天皇が自分と一緒に明治国家をつくったファウンディング・ファーザーズ(建国の父たち)だと規定した人」というのはスッキリしています(p.125)。そして、それは近世以前からずっとあった宮中のある種の機能だったかもしれない、と。

 にしても、敗戦直前に帝国陸軍と大蔵省、内務省は膨大な文書を燃やした結果、戦後の行政でも文書はなるべく残さないという風潮になった、というんですわ。これは伊藤隆先生も言ってたけど、だからオーラルヒストリーは必要なのかも(p.83)。

 御厨先生は最近、建築と政治という分野の研究を進めているんですが、大好きな無隣庵について「山縣有朋が庭園好みであったのはご承知の通りです。無隣庵にしろ、椿山荘にしろ、そこには彼の邸宅だけでなく、昔いた庭師と組んでつくりあげた庭があります。その庭との関係で自分の権力を味わうことができるのでした」というあたりは、なるほどな、と(p.177-)。

 東大出版会から出ている『庭師小川治兵衛とその時代』という本も紹介されていたのでさっそく購入。

 すごくアバウトに政治を語っている場面もよかった。「最初は呪術で直すという人が出る。次は占ってあげるという人が出るが、だんだん人を動かして堤防を築くなどの工夫が出来なければならないようになってきた。そこから発展して道をつくる。川を治めて道をつくれば、次は都市をつくる」というあたり。ちなみに淀川改修は民権運動の成果として語られますが、自分たちでカネを出して直すのはバカバカしい。一級河川にして国からカネが出るようにする、というのが発端だそうです(p.195)。

 明治の政治家は庭園で育てた植物のやりとりをしていたそうですが、戦後はやがてゴルフになり、最後に一緒にやったのはおそらくカラオケだろう、と。今では鉄っちゃんみたいに「自分の館」がなくてもできる趣味になっちゃったというあたりは寂しいw(p.200)。

 公共の建物に関して、昔の検察庁は大部屋でやっていたから、皆の監視の目があるからそれほど大きな問題はおこらなかった、という検事総長の話しが印象的でした。可視化の問題も密室化が原因だったりして(p.201)。

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