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May 03, 2015

『昭和天皇実録の謎を解く』

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『昭和天皇実録の謎を解く』半藤一利、御厨貴、磯田道史、保阪正康、文春新書

 文春新書から半藤一利、御厨貴、磯田道史、保阪正康という馴染みのメンツで『昭和天皇実録の謎を解く』が出たのでさっそく読んでみました。

 解剖した蛙に『正一位蛙大明神』の位を与え、丁寧に土に埋めたとか、戦時中にもリンカーン像を居間に飾っていたが、これは幣原平和外交の推進役だった佐分利貞男が贈ったものという半藤さんのまえがきだけで凄いな、と。

 昭和天皇の養育係は薩摩の川村純義でしたが、長州も楫取素彦を推して対抗しようとしていて、この楫取は大河ドラマの吉田松陰の妹の婿。松陰の妹は明治天皇の皇女も養育しており、その教育力には注目が集まっていたとか…毎ページごとに面白い!

 東洋の史書は、皇帝の死後、実録として編纂する伝統が梁・隋、唐あたりから確立され、王朝が滅んだ時は、次の王朝がそれを元に正史をつくるというのが伝統となり、中国文化圏にあった朝鮮、ベトナムでも受け継がれました。日本では平安時代の三代実録から千年近く正史編纂が途絶え、明治期に孝明天皇紀で復活したんですが、『昭和天皇実録』は全61巻、1万2000頁という大冊。今年3月に最初の2巻分が刊行されて、5年かけて全19巻で完結するとのこと。凄い話しです。

 興味深かったのは、あまり知られていなかった幼少の頃の昭和天皇。

 病弱だった父である大正天皇は欧米への外遊を希望するもかなわず、昭和天皇に『世界一周唱歌』をよく歌ってあげていたといいます。昭和天皇もそうした父親に影響を受け世界一周双六でよく遊んでいたとか。なんか泣ける…。

 昭和天皇の9歳の頃の手紙なんかも収められています(写真)。

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 「生涯の花」と自ら語っていた欧州外遊ですが、その折り、昭和天皇はパリで初めて地下鉄に一人で乗ったそうです。実はお金を握ったのもこの時が初めて。ところがジョルジョ・サンク駅では降車の際、切符を持ったまま改札を通過。切符の使い方を知らなかったためですが、昭和天皇は、生涯を通じてこの切符を大切に持っていたとのこと。恐らく、唯一自由を感じた瞬間なのかもしれません。

 太平洋戦争へのポイント・オブ・ノー・リターンは熱河作戦だったと言われていますが、もし戦線を拡大したら国際連盟を脱退しなければならなくなることを後で知った昭和天皇は命令を取り消すことができないか粘って7.5kgも痩せた、と(p.64)。

 A級戦犯の死に際し、松岡洋右は裁判中の死により免訴となったことから、例外として祭祀料を下賜するが、有罪と確定した者の死去に際しては、一切の恩宮は不詮議とした、とも。靖国にもA級戦犯が合祀されてから行ってないし、表に出せない人間的な怒りをこうして示していたのかな、と思ったのですが、『実録』には『独白録』からかなり引用されているにもかかわらず、「(松岡は)ヒトラーに買収でもされたのではないか」という言葉は見当たらないそうです。

 実は松岡だけでなく日本の中枢も三国同盟に続き、ソ連とも中立条約を結ぶことによって、本気で米国は参戦してこなくなると踏んでしたのかもしれない、というんです(p.137)。そうなると、日本からの挟撃を防いだスターリンの深謀遠慮は大したものだな、と。もっとも、ドイツが不可侵条約を破って侵攻してきた時、スターリンは慌てふためいたというのが定説ですが。松岡新説、どうなりますやら。

 『実録』では神の裔(すえ)としての天皇と、大元帥との二面性というのを強調しているんですが、満州事変で、最初は不拡大方針でいた昭和天皇も石原莞爾が錦州爆撃で事変拡大を既成事実化してしまうと『拡大に同意するも可であり』と参謀次長に伝えるあたりは、こうした昭和天皇の二面性をよく表している、と。まあ、世界の皇帝になれるかもしれなかったわけですから…この時、昭和天皇は30歳ですからね。まあ、ね…。

 2.26事件のとき、石原莞爾は東京警備司令部の参謀長も兼務していて、皇道派の叛乱部隊鎮圧に動くんですが、海軍は石原の動きに叛乱に乗じたクーデターの動きを感じ、戦艦を東京湾に進め、大規模な陸戦隊を上陸させて備えたかも、と(p.112-)。石原莞爾は2.26事件の当日、登庁したほぼ唯一の軍中枢部(参謀本部作戦課長って今なら財務省主計課長みたいなNo.1ポスト)だったんですよね。この後、太平洋戦争の開戦前には予備役に入り、「油が欲しいからとて戦争を始める奴があるか」なんていう言葉を残しているんですが。

 にしても、大日本帝国は終戦の算段もせずに戦争を始めたんですよね。昭和天皇は最後までローマ法王庁の斡旋による回避を探るとともに、ドイツの単独講和を恐れていた、というんですが(p.187)。ローマ法王庁を通しての和平工作に期待した昭和天皇なんですが、正月と天皇誕生日の祝電はなく、ドイツの制圧下にある政権以外では、スウェーデン国皇帝ぐらいしか祝電が来なくなるというあたりは寂しいな、と(p.203)。

 「人間宣言」を出した後も「朕が神の裔でないとすることに反対である」と語っていたのには驚きました。まあ、これも二重性ということなんでしょうか。終戦の決意を固めたのも皇祖皇宗の問題だ、としています(p.231)

 それにしても、当時の陸軍、海軍はともに昭和天皇に真実をまるで伝えていないんですよね。開戦直後から杉山元参謀総長や永野修身海軍軍令部総長はドリットル爆撃やミッドウェー海戦などについて虚偽の報告をしまくり、昭和天皇は仕方ないから短波放送で情報を得ていたんですね(p.253)。なんという国家だったんですかね、大日本帝国は。

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