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May 06, 2015

『原子・原子核・原子力』

Atom_yamamoto

『原子・原子核・原子力』山本義隆、岩波書店

 連休前半はこれを読んでいました。

 アホな文系脳にも少しは残ったような気がします。学問というのは学説史をしっかり語ってもらうと一番分かりやすいと思っているのですが、この本もいまや科学史家としての業績も輝かしい山本さんだからこその説得力でした。ブルーバックス10冊分ぐらいの整理された情報を得られたような気がします。

 原発推進派にも、反原発のヒトたちにもお勧めいたします。どっちも、これぐらいのレベルで語ってくれないと説得力ないですよ(ちなみに畑村先生のように安全率を5ぐらい高めればいいと思っているので、個人的には資源のない日本では原発を進めるしかないという考えは変わりませんが…)。ぼくは、この本に出ている数式がスイスイわかり、理1にスッと入れるような理系の子が本当に羨ましい。そして頑張って欲しいと思います。

 この本は駿台の予備校生に対して行った『原子・原子核・原子力』に関する特別講義をまとめたものですが、さすが山本さん、アリストテレスの自然哲学の4元素から説明を始めます。いいですよね、ラジカル(根源的)なところが。ちなみにアレステレスの弟子たちが「第一哲学」のノートを「自然学=フィジカ」の次(=メタ)に配したことから、このギリシャ語がそのままラテン語のメタフィジカとなり、メタには「超えて」の意味もあるのでなんか偉そうな形而上学となったというのは木田元さんのお得意の議論です。

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 んなことはさておき、長岡半太郎がケンブリッジに留学していた時になぜマクスウェルの銅像がないのか聞いたら、スコットランド人だからという答が返ってきたというエピソードは初めて知りました。ファインマンさんがマクスウェルの電磁気の発見は将来、19世紀最大の出来事だと歴史家は記すだろう、と書いたのを思い出すとともに、当時のヨーロッパは科学の世界でもこうした偏見は残っていたんだろうな、と。

 ちなみに、ベクレルはエコール・ポリテクニクの教授の地位を親子四代にわたって受け継いだそうです。そんなことを紹介しながら、ひるがえって、日本も中国も朝鮮半島の南北国家も、全て二代目だとか三代目だとかが権力の座に収まっている。ワシントンの子孫に誰も興味を持たないアメリカ人に感動した福沢諭吉はどう思うかと問う山本さん、相変わらずですw

 キューリー夫妻の業績紹介もひと味違う。夫ピエールの父は医者でパリコミューンで戦士側の治療をしていたとのこと。さすが元全共闘議長。ちなみにラジウムは放射能の有無だけを手掛かりにして周期表の空欄に発見された元素だったことも初めて知りました。

 今さら自分の無知には驚きませんが、人工衛星の軌道計算に太陽光の影響も入れられているとは知らなかった。光は電磁波だということが改めてよくわかります(p.101-)。

 ドイツの反ユダヤ勢力はアインシュタインが第1次世界大戦中のドイツの戦争犯罪を調査する委員会に加わったことを非難したそうです。一般相対性理論がイギリスの天文学者による皆既日食の写真によって証明されたことについても「敵に通じているからだ」とするメチャクチャな攻撃を仕掛けたそうで。いつの世もレイシストは…と思うと同時に、こうした告発がノーベル賞受賞者からなされていることに人間の心の深い闇を感じます。

  《排外主義的なナショナリズムはつねに国内の弱い部分、異質な部分、マイノリティーに攻撃の矛先を向ける形で勢力を拡大してゆきます。ドイツ右翼の反ユダヤ・キャンペーンの先にナチス・ドイツが生まれてったことは-中略-現代の日本においても歴史の教訓とすべきです》というのが山本さんのコメント。

 (第1次世界大戦は)それまで科学者を空想的で浮き世離れしてたいして役に立たない人種としてみなしてきた軍人たちは、科学技術の有用性と科学者の使い道を知り、他方で科学者は新しい気前のよいスポンサーを見出したのだそうです(p.146)。

 キュリー夫人はラジウムに関する論文で「原子の不変性をもはや認めない立場に必然的に到達することになる」と書いていたというけど、そうか、昔は原子は不変だという考え方から、原子が別の原子になるという考え方への変化っつうのは、すごいことなんだな…(p.156-)。

 原子番号が20以上の原子核では原子核どうしが接触する以前にクーロン斥力で跳ね返されてしまうので、それ以上のエネルギーを持つ粒子を加速して数多く作り出すために加速器が使われるんですか…うーん、理系の方なら常識かもしれないでしょうが、初めて知りました。知らないって幸せw

 さらに、理系の方には「そんなことも知らんのか」と言われそうですが、水素って中性子がないんですか…(重水素は別)。

 ボーアの周期表が92で終わっていることは自然界に存在する原子核が原子番号92ののウランまでということで、それ以上原子番号が大きいと1個の陽子に働くクーロン斥力の和が核力の引力を上回る、と(p.171)。

 エンリコ・フェルミを《野球で言うとエースで4番というか、理論物理学と実験物理学の両方で超一流の仕事をしている》ガリレオ以来の大物理学者と紹介しているところに世代を感じるw

 オットー・ハーンたちの報告を聞いて、中性子をぶつけられたウランが原子番号56のバリウムなど質量のほぼ等しい2つの原子核に分かれたというのを正確に見抜いたのが女性初のベルリン大学教授となったユダヤ系のリーゼ・マイトナーだった、と。これが核分裂の発見なんですが、ノーベル物理学賞の共同受賞者にはなれなかったそうです(P.181-)。

 バリウムといえば、原発事故で放出されたセシウム137はβ崩壊して同じ質量のバリウム137になり、γ崩壊して安定的な状態に変わるときに放出されるγ線は0.6MeV。山本義隆さんは同じ177頁でα線のエネルギーと比べて1桁低いとしているから、まあ問題なしかな…

 中性子が増すと陽子間のクーロン斥力は弱まる、と。十分な密度のU235の塊のなかでは、核分裂で作られた2つ以上の中性子がU235原子核にぶつかって、それぞれが核分裂を起こし、ねずみ算的に分裂が拡大していくことが可能で、それが核分裂の連鎖反応、と(p.192)。

 山本義隆さんが原発に疑問を持つのは、分子に比べて桁違いに小さな物体を扱いながら、桁違いに大きいエネルギーと透過力を扱うことの難しさに収斂されるんでしょうかね(p.197)。ドイツと日本に原爆製造の可能性がなくなった後でも開発に力を入れ、最終的に投下までしたのはバーンズ国務長官が戦後のヨーロッパでソ連を御しやすくさせるため、と進言しているあたりがホンネでは、とも(p.202)。

 にしても、ミスター量子力学のニールス・ボーアは1908年のオリンピックにサッカーのデンマーク代表として参加しているんすか!

 山本義隆さんが引いていたファインマンさんの『光と物質のふしぎな理論?私の量子電磁力学』 (岩波現代文庫)が未読だと気付いて購入したんですが、さらに山本義隆さんが訳した岩波文庫の『ニールス・ボーア論文集2 量子力学の誕生』も読んでみることに。

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