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April 03, 2015

『ある文人学者の肖像 評伝・富士川英郎』

Fujikawa

『ある文人学者の肖像 評伝・富士川英郎』富士川義之、新書館

 鈴木幸一IIJ会長の経営者ブログを読んで購入。東大比較文学比較文化の主任教授のドイツ文学者で、大学を退いてからは『江戸後期の詩人たち』など江戸漢詩の研究で知られる富士川英郎さんのことを、子息で東大英文科教授だった富士川義之さんがまとめています。

 まるで長編のドラマを見ているような感じで、医者の息子として生まれた生い立ちからドイツ文学者となるまで、そしてリルケ研究にとどまらず、森鴎外の『伊沢蘭軒』から江戸漢詩について教え始め、『菅茶山』を書き、悠々自適に暮らした晩年の日々までを描きます。

 富士川英郎さんのことは江戸漢詩でうっすら知っているぐらいだったのですが、読もうと思ったのは《あの難解なリルケが戦後の一時期、リルケ・ブームといった言葉になるほど読まれた時代があった》という立役者鈴木幸一IIJ会長の経営者ブログを読んでから(ちなみに欧米でも日本でもリルケがとってかわられたのはカフカだそうです)。

 長大な評伝ですが、《精神の誕生にいちばん近いのは木の葉の繁みをみつめていて、葉のいちぶと思っていたものが巧妙に変装した虫や鳥だったと知ったときの、突きさすような驚きの瞬間ではなかろうか》という富士川義之さんが自ら訳したナボコフ自伝を引く出だしから引き込まれました。

 富士川英郎さんは、仕事には並外れて勤勉であり、黙々として日々の務めを果たし、読書のほかには散歩をほとんど唯一の趣味とし、栄誉や金銭などはあまり眼中になく、自分の関心事以外には、何事に対してであれ、傍観者であるという人生態度を身につけていたということで、自分自身の浅学無知は置いておいても、こういう人生には憧れます。

 花粉症真っ盛りの時期に読み始めたんですが、早く読みたくなくなるというか、ゆっくり味わいたくなる文章でした。

 また、紹介してくれる文学書が魅力的で、例えばオスカー・ワイルドの短い散文詩風の作品『芸術家』を読みたくなりました。これは、「つかの間の喜び」というブロンズ像をつくりたくなった男が世界中を探すが、やっと見つけたのは「とわの悲しみ」というブロンズ像から「つかの間の喜び」をつくる方法だけだった、という内容だそうでして、いいな、と。

 リルケの研究では、田邊元が助かったという手紙を寄こしているそうでして、田邊元全集に収められている北軽井沢特別講義などでは、愛を媒介として無私の自由を実現するというのが、この哲学者が理解するリルケの究極の姿、と書かれているとのこと(p.142)。

 『江戸漢詩』を著して富士川英郎さんとも深い交友関係を保った中村真一郎さんの《人は生まれて、仕事をして、死んで行く、という経過が、ひとつの完成した作品のように見えていたのが、そうではなくて、無数の可能性の中途半端な実現の束が、人の一生ではないか》という『頼山陽とその時代』からの引用も好きです(p.265)。

 全体に引用が素晴らしくて、例えば北条霞亭が紹介している空海のエピソードで、漢詩を書く場合は苦吟すればいいのではなく、古今の詩句を書き抜いたものを座右において、それを見ることで「苦思」を防ぎ《以て興を発すべきなり》というのは、あの空海でさえ…と一愕を喫しました(p.331)。

 霞亭が雪景色を見ながら船遊びをしている文章を森鴎外は『伊沢蘭軒』で引いているんですが、炊いたお香がゆらゆらと流れでていくさまや、《諸生は香を懐にして舟に上がった》なんてあたりは渋すぎる…「香を懐に」という表現にはしびれました。

 老子なんかも読もうかな、と。《俗人は察察たり 我はひとり悶悶たり》なんてのを読むと、自分はなんて俗人なんだと改めて感じます(察察たり、とは活発なこと)。

 富士川英郎さんは、リルケ研究から江戸漢詩に向かうのですが、それは日本の詩歌の歴史が、古代の和歌から中世、近世の和歌、俳句などを中心に語られすぎていたことを修正したいという意図もあったようです。

 『菅茶山』に引かれている

風軽軽 雨軽軽(かぜけいけいたり あめけいけいたり)
雨歇風恬鳥乱鳴(あめやみ かぜしずかにして とりみだれなく)
此朝発武城(このあした ぶじょうをはっす)
人含情 我含情(ひとじょうをふくみ われじょうをふくむ)
再会何年笑相迎(さいかいいずれのとしにか わらいてあいむかえん)
撫躬更自驚(みをぶして さらにみずからおどろく)

という晩年の飄々とした別れの漢詩などは沁みました。

 こうしたまるで俳句のような漢詩には、後年の正岡子規の写生に通じるものを感じます。

 菅茶山は『伊沢蘭軒』にも登場しますが、医師でありながら多くの文人と交わったその姿は、明治時代には歴史そのものも忘れ去られようとした東洋医学の研究に進んだ、英郎の父であり医師でもあった富士川游の研究に進むという流れは三代にわたる文人学者の大河ドラマをみているようで、久々にゆったりと読書そのものを楽しむことができました。

 それにしても、リルケを訳して漱石の漢詩を批評した同じような学者さんあがりの古井由吉さんは、富士川英郎さんを意識しているのかな、なんて考えました。

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