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April 18, 2015

初能楽堂

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 千駄ヶ谷駅のホームからいつも国立能楽堂の公演案内を見ていましたが、昨日、初めて訪問しました。

 キッカケは先月行った赤坂サカス文楽の公演で見物した『翁』。観世流を率いる二十六世宗家の観世清和が『翁 日吉之式』を舞う姿には感激しました。といいますか、すり足で舞台に進む観世清和さんの姿に戦慄しました。日本の本当のエスタブリッシュメントは、信長など全国武将みたいに能をひとさし舞うぐらいじゃないとな、とプロレタリアートの子弟である小生はボーッと見てましたですよ。『翁』は「とうとうたらり」から始まるのですが、これを最初に聴いたのは73年放映の『国取り物語』。平幹二朗さんが油売りをやっていた若き斎藤道三を演じて「とうとうたらり…鳴るハ瀧」と歌いながら油を壷に入れていく場面。つか、それを見てからもう40年以上もたっているんだな、と…これまたプロレタリアートの子弟的な感想しか出てこないのがあれなんですが…。

 小林秀雄には『当麻(たえま)』という有名な文章があります。

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 《音楽と踊りと歌との最小限度の形式、音楽は叫び声の様なものとなり、踊りは日常の起居のようなものとなり、歌は祈りの連続のようなものになって了っている。そして、そういうものが、これでいいのだ、他に何が必要なのか、と僕に絶えず囁いている様であった。音と形との単純な執拗な流れに、僕は次第に説得され征服されて行くように思えた》(小林秀雄『当麻』「モオツアルト・無常という事」P66-、新潮文庫)

 そしてあまりにも有名な《美しい「花」がある。「花」の美しさというものはない》に続きます。

 でも、随分、小林秀雄でさえ能には退屈していたらしく、『当麻』の分析もそうした心根の尻尾をつかまれないようにして距離をとる芸であるとも感じたりして。

 なんてことはどうでもいいんですが、とにかくあの小林大先生でさえ退屈した能を、ぼくみたいなプロレタリアートの子弟が見物してああだこうだ言っても始まらないということで敬遠していました。ぼくを芝居に連れて行ってくれた祖母や叔母も能はさすがに見物してなかったようで。しかし、まあ、行ってみましたよ。

 演目は狂言が『二千石』(大蔵流)、能が『三山』(観世流)。

 ミニマリズムの極地のような芸ですから、発声が全て。狂言師の声は前から凄いと思って聴いていましたし、能の小太鼓と大太鼓の掛け合う気勢は凄いものです(秋吉敏子とルー・タバキン・オーケストラの『孤軍』の冒頭に使われていたのを聴いた時には驚きました)。

 狂言はアナニマスな主人公たちの現世での物語なのに対し、能は必ずこの世のことではない世界を描くのですが、三山でも男に捨てられた桂子という幽霊が主人公。良忍上人が大和三山に念仏を普及させるために来て、所の者に、地名のいわれを聞いている間に、いつの間にか桂子が橋掛りに姿を現しているのを発見してゾッとしました。

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 正直、狂言では眠くなってしまったのですが、能は意外にも緊張感をもって見続けることができました。『翁』の時にも思ったのですが、静かに、音も立てずに沈黙の中、橋掛りから舞台に進んで行く姿は詩ですね。

 しかし、能楽堂は会社のある六本木からは大江戸線一本でいけるし、帰りも北参道から一本で帰ることができるという私的に交通至便な場所にあるんですね。

 にしても一人で観に来ている孤独で上品な人の多さよ。

 「小ざっぱりとした格好で、つまらなそうに能楽堂に通う人になりたひ」と思いました。ひとり歌舞伎、ひとり落語、ひとり文楽、ひとり宝塚といろいろひとり無双してきましたが、ひとり能は極北の楽しみかなw

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