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February 01, 2015

『戦国乱世から太平の世へ』

Sengoku_ranse

『戦国乱世から太平の世へ』藤井讓治、岩波新書

 日本古代史、日本近現代史と続いてきた岩波新書の日本史シリーズは織豊時代から幕末までを扱う近世史に入りました。これが終わると鎌倉時代から戦国時代を扱う中世史で完結するんでしょうか。楽しみです。

 これまでは基本的に編年体といいますか、時代ごとに通史を重ねていく構成だったんですが、近世史は「戦国乱世から太平の世へ」「天下泰平の時代」「幕末から維新へ」と1、3、5が通史、空間を扱う「村 百姓たちの近世」「都市 江戸に生きる」が2、4巻という構成。江戸篇とか楽しみ。

 さて、「戦国乱世から太平の世へ」ですが、「はじめに」では天下という言葉が、初めは京都を中心とする畿内を指していたというのは刺激的ですが、それが通奏低音になっているかというと、そうでもないのが弱いかな、みたいな。

 いつものように箇条書き的に。

 キリシタン宣教師の日葡辞書では、濫妨は略奪を意味し、現在の乱暴は狼藉。だから乱暴狼藉なのか(p.11)。

 森鴎外は元号問題で「大正」の「正」は「一に止まる」となるので縁起がよくなく、元号策定に瑕疵があったと書いていましたが、信長が義昭を槙島から退去させた後、元亀から変えた元号が天正。「老子経」の「清浄なるは天下の正と為る」によりますが、やはり不吉でしたよね。たった十年ですから、天正は。

 信長の後を継いだ秀吉は九州平定で九州の地を踏みますが、そこで教会の領地がローマ法王に寄進を知ってキリシタンを禁制とするんですね。というか、九州平定で秀吉は天下人になっていくんですよね。そして中国、韓国に距離的に接近したせいか、同時に明国征服を構想する、と。

 そして、朝鮮出兵で小西行長があっさりと漢城に入城した後は、北京への後陽成天皇の移徒、自らは寧波に渡ってのインド征服にも夢を馳せていたとは…太閤さん凄すぎw(p.90-)。

 さらにそれだけではなく農民出身らしく農民の生活をよく考えたという側面もある《太閤検地は、近世日本の土地制度・社会制度の根幹をなす石高制の基礎となった土地政策であり、その歴史的重要性は、極めて大きい》んですよね(p.63)。

 アジアにおいてヨーロッパのような封建制度(アジア的な専制より分権的な制度)が成立したのは、武士が元々、農民出身だったというリアリティが基礎にあったと思いますが、秀吉はその象徴ですよね。文字は読めなかったにせよ、その知恵と胆力で広い意味での天下を収めたという事実も含めて。

 もっともフィリピンに送った書状にもみられるように《誕生の奇瑞を述べ、若くして大名となり一〇年を経ずして日本を統一し、一方で朝鮮・琉球から使節が来朝し、いまや「大明国」を征せんとしている》とまで自己肥大するのは悲しい人間の性でしょうか(p.85)。

 また、朝鮮征伐によって、日本人には朝鮮半島から中国の地理を肌感覚で初めて知るんですが、それが400年後に《日本の軍隊は、日清戦争からアジア・太平洋戦争終了まで50年間、アジアを歩き続けた》(『シリーズ日本近現代史3 日清・日露戦争』原田敬一、p.74-)ということにつながるんでしょうか。

 ちなみに、朝鮮通信朝鮮を戎国とする認識は秀忠時代に始まる、としています。さらに朝鮮通信使は最初、秀吉に捕らえられた王子を受け取るための使節だったそうで、国書改竄問題や、その後に徳川幕府の将軍就任の際の使節に変化していくというのは、隣国関係らしい融通だな、と(p.160)。

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