『運ぶヒトの人類学』
『<運ぶヒト>の人類学』川田順造、岩波新書
今につらなるヒトが出エジプトしたアフリカで人類学者として暮らし、その後留学したフランスと生まれた日本という「文化の三角測量」を通じて人類とは何かを考え続けてきた著者による、新たな視点が『<運ぶヒト>の人類学』。
チンパンジーやゴリラの「ナックル歩行」では狩猟道具や食料などを持ちながら長距離を移動することは難しく、直立二足歩行が「運ぶ」ことを可能にしたことを考えれば、「運ぶ」ことは極めて人間の本質に繋がる行為であるとして、アフリカ内陸の黒人、ヨーロッパの白人、東アジアのモンゴロイドの文化の違いにも言及します。
結論的にいえば、黒人の特徴は頭上運搬。《四肢、とくに前腕と下肢が体幹に比べて長く、すでに述べたように骨盤が前傾し、大腿背面の大腿屈筋が長いため、深前屈や背をもたせない投げ脚姿勢が身体の構造上も容易》で、ほぼ六〇度の外股歩きによって頭上運搬の安定度を高めている、と(p.69)。なるほど、ハムストリングの発達は凄いですからね、黒人のアストリートなんかをみると。
歩き方といえば、筆者は「日本に帰ってきたな」と感じるのは空港のスチュワーデスの歩き方だそうです。西洋式コスチュームに身をつつみながらも、《かなりの人が、下駄をならしながら歩くように、ローヒールのかかとをひきずって歩いている》と。《日本人の体型に適合して生まれた下駄や草履での歩き方は、生活様式が変わっても、二、三世代ではめざましく変わるわけではない》と(p.147)。他でも読んだ記憶ありますが、ヨーロッパの女性は確かに、蹴り出すように闊歩してますよね。
ヨーロッパの白人は肩と上腕が発達しており、モノの運び方も、肩から背の上部で器具を使って支える運搬方式が一般的だと(p.73)。また、ヨーロッパの白人は労働を罰と捉えているせいか、動物や機械などを使ってなるべく人間が関わらず、しかも誰がやっても同じようにできるような道具をつくるようになる、と(p.88)。
一方、モンゴロイドはしなやかな木を使った両天秤棒運搬のように、個人の「巧み」で使いこなす方式が発達する、と。
正直、後半の前頭帯運搬など分析しきてれないな、というのもありますが、大きく文化の差をつかむ視点を与えてくれたのではないでしょうか。
こうした文化の差異、しかも些細で恣意的な分類になるかもしれない研究のどこに価値を見出すべきか、という答えは、著者の恩師であるレヴィ=ストロースが書いています。《世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。制度、風俗、習慣など、それらの目録を作り、それらを理解すべく私が自分の人生を過ごして来たものは、一つの創造の束の間の開花であり、それらのものは、この創造との関係において人類がそこで自分の役割を演じることを可能にするという意味を除いては、恐らく何の意味ももってはいない》(『悲しき熱帯』中公クラシックスのII巻のp.425)。
そして、運搬という人間的な行為を研究するということは《あらゆる事実が、死の問題に対して人間がとる二つの相補的な応答のようなものとして、生物の中に文化と社会が発生している、ということを示唆している。社会は、動物がみずからの死すべき運命を知ることを拒むものとして生じ、文化はそれを知る人間の対応として生まれている》(『パロール・ドネ』クロード・レヴィ=ストロース、中沢新一訳、講談社選書メチエ、p.31)のかな、と。この有名な箇所は1/4の朝日新聞のインタビューにも引用されていました。
運搬とは死を拒み、新たな土地を求めて出エジプトしたヒトの祖先の、極めて人間的な行為だったのかもしれません。
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