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January 27, 2015

『赤い大公 ハプスブルグ家と東欧の20世紀』

Red_prince

『赤い大公 ハプスブルグ家と東欧の20世紀』ティモシー・スナイダー、池田年穂(訳)、慶應義塾大学出版会

 著者のティモシー・スナイダーはトニー・ジャットのような現代ヨーロッパ史家といえばいいんでしょうか。"Bloodlands: Europe between Hitler and Stalin"も買ってみましたが、ヒトラーとスターリンという全体主義者がヨーロッパの覇を争った時代が専門なんですかね。と思ったらwikiによるとspecializing in the history of Central and Eastern Europe, and the Holocaustだそうです。

 この本は、ハプスブルグ君主国の黄昏を描いています。

 ミュージカル『エリザベート』の皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世がハプスブルグの本家であるのに対し、スペイン王家につながる大きな分家に生まれたヴィルヘルムがこの本の主人公。ヴィルヘルムの父シュテファンはいまもスペイン王家につながるアルフォンソ12世の弟で、民族主義が高まる中で独立したポーランド王になることを目指し、その子であるヴィルヘルムは、影も形もないウクライナの王となることを目指します。

 ざっくりいえばドイツとロシアの中間地帯である中東欧&スペインを支配地域としていたのがハプスブルグ家(ミュージカル『エリザベート』はハンガリーでの民族主義の高まりの中で生まれるオーストリア=ハンガリー二重帝国の成立が背景となっています)。

 少し話は飛びますが、ギリシャなども独立を目指す中で、バイエルン王の次男オットー(ギリシャ名オトン)が王として迎えられます。民族主義者の内部分裂を避けるため、当時はいったん独立しても、君臨すれども統治せず型の王をいただくというのが一般的だったのかもしれません。

 ヴィルヘルムの父シュテファンはオースリトア海軍に所属した地中海を愛するネイビーでしたが、「部屋住み」から脱するための君主となる地はポーランドに求めます。そしてその末っ子であるヴィレヘルムは、自分でも王になりたくて、ウクライナ語を学び、ロシア革命に乗じて独立を目指すというなんともスケールの大きな話し。

 こうした「部屋住み」のプリンスたちは本家にもいて、フランツ・ヨ-ゼフ2世の弟、マキシミリアンはメキシコ皇帝になることを目指しますが、パンチョ・ビリャなども活躍したメキシコ革命に巻き込まれて処刑されてしまいます。

 にしても、ポーランドやハンガリー、ウクライナなどもハプスブルグ君主国の中で独立を目指すのですが、ハプスブルグが欺瞞ではあるにせよオーストリア=ハンガリー二重帝国を宣言するなど比較的ソフトな対応をするのに対し、ドイツとロシア(ソ連)はとてつもなくハードな対応をとるんですよね。

 ご存じの通り、ヒトラーとスターリンは密約でポーランドを分割してしまうんですから。そして、独ソ不可侵条約で安心しきっていたスターリンに対し、ヒトラーは電撃作戦で侵攻し、カルパチア山脈でユダヤ人村を隈無く破壊しながらモスクワへ向います。

 ヒトラーはスターリンは分割の際にポーランドとウクライナ人をそれぞれの居住地に移住させ、ユダヤ人のコミュニティも根絶やしに近い形で破壊したために、かえって領土がスッキリと分割されたという皮肉な結果も生み出します。

 だから、国民国家というか民族国家なんていうのは、幻想の産物ですよね。ポーランド領にもウクライナ語を話してウクライナ・カトリック教会に集まる人々はいたんですから。ハプスブルグは「ポーランドを独立させた場合、こうした人々をどうしようか」と捕らぬ狸の皮算用をして悩むんですが、ヒトラーとスターリンは有無を言わさず移住させます。

 こうして他人頼みで「浄化」された後にやっと民族国家でございと言われても、なんとも笑ってしまいますよね。

 にしても、フランツ・ヨーゼフ1世というのはハプスブルグの黄昏を一身に背負ったような人物ですね。弟はさきほどもふれたように新大陸で皇帝に就任したものの処刑。少女趣味の妻エレザベートは寄り付かなくなったあげくにイタリア人テロリストによって殺され、皇太子ルドルフは自殺。後継者となった弟の息子、フランツ・フェルディナンド皇太子はサラエボで暗殺されて第1次世界大戦勃発とか。

 ミュージカル『エリザベート』の中で、自分を拒否するエリザベートに向かって歌う『扉を開けて』という曲があるのですが、「財政は破綻したまま戦争は続いている」という歌詞通りの苦しい毎日の中で、昭和天皇をも上回る68年も長く在位したのは偉いというか、よく正気でいられたな、と。

 だいたいフランツ・ヨーゼフ1世が即位したのは3月革命がキッカケ。チェコの立憲運動やスラブ系の蜂起、ハンガリー革命と民族主義的な独立の動きが続き、ロシアの武力によってやっと鎮圧する始末。3月革命当時のフェルディナント1世は自身を帝位に導いたメッテルニヒを罷免したにもかかわらず退位を強いられ、フランツ・ヨーゼフ1世はわずか18歳で即位したんですから。

 それにしてもハプスブルグは従兄弟婚など近親婚が多かったためか、この本の主人公であるヴィルヘルムは自殺したルドルフにそっくりです。

 《二一世紀の初めになって、EUは、いわばハプスブルグと同じ立場にある―自由貿易の行われている広大な地域を持つこと、経済のグローバリゼーションの中心であること、遠望の海洋に領土を持たぬこと、決定的な軍事力を欠くこと、予想できぬテロリズムの時代であること》というのは、外交には長けているものの、戦争には弱かったハプスブルグの性格をEUが受け継いでいることをよく表している言葉だと思います(p.371)。

 訳者あとがき、家系図、人物略伝、ハプスブルグ家略年表、用語と言語についての注記、参考文献、原註、索引だけで120頁を超える素晴らしい訳業です。

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