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November 25, 2014

塩一トンの読書』

Salt_1t

『塩一トンの読書』須賀敦子、河出文庫

 秋口の出張に持っていった文庫本のことをすっかり忘れていました。Amazonで買うと(大量に購入するのでプライムです)、「レヴューはまだですか?」と聞いてくるので、感想めいたことを書くのを忘れないという利点があるんだな、と思った次第。すぐに気づけばいいんですが、3連休なんで冬支度をかねて掃除をしていたら、同じように忘れていた何冊かが出てきました。

 ということですが、なんで感想めいたことを書くのかといいますと、まあ、忘れないためなんですわ。

 大昔だと、いったん読んだら「あのことは、だいたい150頁ぐらいの右側に書いてあったわな」みたいなのをうっすらと覚えていたんですが、30前ぐらいには覚えきれなくなり、最初はノート、次いでパソコン通信のBook Sigに書きつらねて、テキストデータはかろうじて残っているので、検索すれば、ある程度は蘇ってきます。ま、そんなことはどうでもいいことで…。

 『塩一トンの読書』というなんとも魅力的なタイトルは、冒頭、イタリア人の姑から釘をさされた言葉「ひとりの人を理解するまでには、すくなくとも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ」によります。

 人を理解するには、しょっぱい思いをしながら途方もない時間と労力とがかかる、というところから古典と呼ばれる書物についての考察に移り、カルヴィーノの「古典とは、その本についてあまりいろいろ人から聞いたので、すっかり知っているつもりになっていながら、いざ自分で読んでみると、これこそは、あたらしい、予想を上まわる、かつてだれも書いたことのない作品と思える、そんな書物のことだ」にたどり着きます。

 とはいっても、取り上げられているのは、ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』『黒の過程』、ジョルジュ・サンド『ジョルジュ・サンドからの手紙』などの準古典が多いですかね。フィクションの類は基本、読まないのですが、こんどの冬休みぐらい、『ハドリアヌス帝の回想』ぐらい読んでみますかね。それとも須賀さんのエッセイ『ユルスナールの靴』ぐらいにしておくか。

 ユルスナールが旅に疲れると冬場にこもったというマウント・デザート島の家についての文章には、いきなり打ちのめされるほどです。

 同じようにフェリーニの『アマルコルド』への愛から、フェリーニと同じロマーニャ人の《とんでもないバカ芝居に国ぜんたいが巻き込まれたのがイタリアのファシズムの本質だったという意見を、何人かのイタリア人から聞いたことがある》というところにもっていく呼吸(p.68)。うなります。

 フェリーニの映画には《からだや精神に障害をもった人物がよく描かれた》《こういう人たちがいて人間の世界がほんとうに人間らしくなる、そういったことをゆたかさの溢れる映像で示してくれたのが、たぶんフェリーニのすばらしさのひとつ》という意見にはごもっとも、と言うしかりません。

 谷崎潤一郎の『細雪』の分析も美しかった。

 司馬遼太郎『ニューヨーク散歩』からの孫引き情報みたいになるのかもしれませんが、ニューヨーク私立大学が幕末のハリスが貧しい少年少女のためにつくった無料の中学が母体だったというのは読んだのに忘れていました。だから、まあ書くんですが。

 最初は自身もメンバーだった禁酒同盟の旅行計画を立てたことから出発し、酒を飲まずに健全な娯楽を提供することで《旅の教育価値を信じて疑わなかった》クック社の創設者を描いた『トーマス・クックの旅』は読んでみようかな。

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