« 『エリザベート』新人公演 | Main | 『開発主義の時代へ 1972-2014〈シリーズ 中国近現代史 5〉』 »

November 01, 2014

『現代秀歌』

Gendaishuka

『現代秀歌』永田和宏、岩波新書

 好著『近代秀歌』の続編。

 啄木や茂吉、牧水などの歌は少しは知られていますが、現代の作家たちの歌はなかなか接する機会がありません。

 《いい歌を作ることも歌人の責任であるけれど、いい歌を残していくこともそれに劣らず大切な歌人の責任である」という趣旨のことを、かつて歌人の馬場あき子が言ったことがある》《私たちが古典和歌と呼ばれる歌を、千年を経た現代において読み、味わえる喜びを、私たちが次の世代に受け渡していく必要があるだろう》というのが永田さんの問題意識で、とても共鳴できます(はじめに)。

 実は(とは言っても対したことではありませんが)百人一首を今年はことあるごとに読んでいます。かるたの札を買い、付いてきた解説書を持ち歩き、kindleには田辺聖子さんの解説を入れて、一首一首味わっています。なんで、こうした力を歌は持っているんでしょうか?。それは《歌は本来、「訴う」から来たものとされている。すなわちみずからの思いを、相手に訴える、聞いて欲しいと迫るのである》でしょうか(p.8)。

 とにかく、千年以上も前の歌を口ずさむことができ、もう多くの家庭では遊ばれなくなってきてはいますが、藤原定家が定めた『小倉百人一首』をカードゲームとして生き残っているというのはなんて豊かなことかと思います。

 ということですが、こうした古典だけではなく永田さんが紹介してくれる現代作家たちの歌も驚かされます。

 100人の作家の歌が紹介されて、ここでも百人一首という形がとられているのですが、衝撃を受けたのはふたり。それは石川不二子さんはと宮柊二。

 石川不二子さんは1933年生まれで、当時の女性としては珍しい東京農工大学農学部に進み、《結婚した夫と、学生時代の仲間たち八人とともに、島根県三瓶開拓地に入植した。開拓の仲間たちとは「財布も釜も一つ」の共同生活》を送るというユートピア建設を試みるのですが、ひどい土地で、一家族に六畳の部屋がひとつという生活が続きます。そうした中で五人の子供を育てながら生活詠を発表しつづけるのですが、その歌は《多くの女性の歌が持っているような過剰なまでの情緒への傾斜が少なく、簡潔で的確な対象の把握に清潔感が漂う》ものです。

 最初にあげられている

睡蓮の円錐形の蕾浮く池にざぶざぶと鍬洗うなり

 は『農業実習』から。なんとも清潔な女子学生の、しかも理系の視線を感じます。

 山麓にユートピア建設を夢見た地での苦しい生活を歌った

荒れあれて雪積む夜もをさな児をかき抱きわがけものの眠り

 も向日性を失わない力強さを感じます。

水恋いてからす揚羽のおとずれしはげしき夏も過ぎゆかむとす
わが息子この日ごろ歯の生えそめてつつましく子もわれもはにかむ
囀りのゆたかなる春の野に住みてわがいふ声は子を叱る声
みづみづしき相聞の歌など持たず疲れしときは君に倚りゆく
われとおなじ名を持つ林檎も薔薇もありこの世たのしとしばしば思へ
のびあがりあかき罌粟(けし)咲く身をせめて切なきことをわれは歌はぬ
紅梅が見たしと思ふ唐突にせつぱつまりし如くに見たし
病院の暁に息とまりゐし夫(つま)こそよけれ我もしかあれ

 どれも圧倒されます。

 ぼくは自分の読書量の少なさにはもう情けないとも思わなくなっていますが、宮柊二を知らなかったのは恥ずかしかった。

 宮柊二は北原白秋に師事していた歌人ですが、日中戦争が激しさを増す中で招集され四年間、山西省を中心に転戦します。その時に歌った歌を『山西省』にまとめるのですが、超絶リアリズムのタッチで描いた戦争映画のような凄い歌が続きます。

 あげられているのは

ひきよせて寄り添ふことく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す

 ですが、この歌は奇襲攻撃の作戦の一部なんです。

身のめぐり闇ふかくして雨繁吹(しぶ)き峪(たに)下るは指揮班第一小隊のみ
磧(かはら)より夜をまぎれ來し敵兵の三人(みたり)迄を迎えて刺せり
ひきよせて寄り添ふことく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す
闇のなかに火を吹き止まぬ敵塁を衝くべしと決(き)まり手を握りあふ

 このほかも、もう読んでくださいとしかいいようのない歌が続きます。

咲きそめし百日紅のくれなゐを庭に見返り出征たむとす
おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ
ねむりをる体の上を夜の獣穢れてとほれり通らしめつつ
帯剣の手入をなしつつ血の曇落ちねど告ぐべきことにもあらず
軍衣袴(いこ)も銃も剣も差上げて暁渉る河の名知らず
五度六度つづけざま敵弾が岩をうちしときわれが軽機関銃(けいき)鳴りそむ
左前頸部左顳顓部穿透性貫通銃創と既に意識なき君がこと誌す
装甲車に肉薄し来る敵兵の叫びの中に若き声あり
亡骸に火がまはらずて噎せたりと互(かたみ)に語るおもひで出でてあはれ
死にすればやすき生命と友は言ふわれもしかおもふ兵は安しも
あかつきに風白みくる丘蔭に命絶えゆく友を囲みたり
自爆せし敵のむくろの若かるを哀れみつつは振り返り見ず
泥濘に小休止するわが一隊すでに生きものの感じにあらず
あかつきの風白みくる丘蔭に命絶えゆく友を囲みたり
はるばると君送り来し折鶴を支那女童の赤き掌に載す
(帰還暫日)
ある夜半に目覚めつつをり畳敷きしこの部屋は山西の黍畑にあらず

 《戦争の悲惨は胸を衝いたが、又、たたかう兵隊に現れてくる人間というものの深さ立派さにも目を見張った。それは敵味方に対して同じだった。わたしは心を引き締めて立派な兵隊でありたいと願ったり、事実、戦いの中で死ぬだろうと思ったりしていた。わたしを取り囲んだのは運命だったが、しかし運命に易々と従ったというだけの感じではない》という言葉は重いと思います。

 他の人で一首あげるとすれば塚本邦雄でしょうか。

革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ

 革命に希望の前兆がたくせなくなってきたと同時に、戦争とか破壊が暗い希望のとして浮上してきたのかもしれない、なんて思いつつ。

|

« 『エリザベート』新人公演 | Main | 『開発主義の時代へ 1972-2014〈シリーズ 中国近現代史 5〉』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/60579918

Listed below are links to weblogs that reference 『現代秀歌』:

« 『エリザベート』新人公演 | Main | 『開発主義の時代へ 1972-2014〈シリーズ 中国近現代史 5〉』 »