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November 23, 2014

『大格差』

Daikakusa

『大格差 機械の知能は仕事と所得をどう変えるか』タイラー・コーエン、池村千秋訳、NTT出版

 11/9の朝日と日経で一番いいところで紹介されていた『大格差』。さっそく読んでみました。テイラー・コーエンは従来のような象牙の塔の経済学者というより、インターネットを活用したフリースタイルの経済学者という感じでしょうか。

 結論は心躍るものではありませんが、非常に面白かった本で、これからの世界は「賢い機械(Smart Machines)」とともに働ける、向上心のある15%の人間と、それ以外の人々という二極化し、原題のようにAverage Is Overとなると予測をしています。

 《私たちは財政均衡のために税金を大幅に引き上げることも、社会保障給付を大幅に減らすこともせず、その結果として、多くの働き手の実質賃金が下落し、新たな下層階級が出現する。それを回避する手立ては、おそらく見いだせない》とディストピアとはいいませんが、悲観的な見方をしていますが、《けれども、その未来は奇妙に平穏な時代だ》といいます(p.308)。社会保障、セーフティ・ネットは財政難で維持できなくなるでしょうが、貧困層や高齢者たちは住宅コストの安い地方に移動して自衛するだろう、と。だから政府は最低限の娯楽としてのインターネット環境を与えるようにさえすれば、あまりインフラ整備におカネをかけずにすむ、と。

 《所得の多い人は、たくさん貯蓄し、みずから事業を始めることが多く、借金をせず、おそらく賢く投資している。病気になってもきちんと治療を受けられるので、高齢になっても生産性を維持できる可能性が高い。こうして、最初の所得の格差が時間を重ねるにつれて増幅し、社会における資産格差は所得格差よりはるかに大きくなる》(p.292)というあたりは話題のトマ・ピケティ『21世紀の資本』と似ている感じ。

 結論の書かれている最終章をまとめてみると、富裕層に対する増税は行われるにしても財政悪化は避けられず、貧困層向けの社会保障や医療サービスは削減されるが、投票率が高い高齢者向けは温存される、と。なぜなら、貧困層向けに税金を使うより教育、インフラ、司法、警察に使う方が有権者の受けがいいから。《アメリカで障害年金を受給している人の数は、10年前は500万人だったが、いまは820万人。コストは1150億ドルで、全世帯が150ドル以上負担。今日の仕事の世界で職に就くより、障害年金を受給する以上の魅力を感じられない人が増えているとはいえそうだ》というのですから遅かれ速かれ歯止めが必要でしょう(p.64)。

 その結果、貧困層はカネをかけずに生活できる安い土地へ移住する。自治体はそうした土地のインフラ整備、医療サービスには予算をかけられないが、無料のインターネットサービスを提供して退屈させず、医療費負担を減らすためにもジャンク・フードを食べるのを止めさせ、運動を奨励するようにすべきだ、と。

 しかし、こうした悲観的な世界でも、社会改革は起こりそうにもない、と。なぜなら、保守主義が最も強いのは所得と教育水準が最も低く、ブルーカラー労働者の割合が最も高く、経済状況が最も厳しい地域だから。

 ウォールストリートや香港・中環のOccupy運動をみても、富裕層への課税強化を訴えるのは比較的裕福な知識層という感じがします。タイラー・コーエンは、その理由を、富裕層と知識層は社会の敬意を奪い合う関係だから、とアッサリと書いています。

 著者タイラー・コーエンはハイアマチュアのチェスプレーヤーで、スマートマシンと人間の協業による生産性の高さをチェスプログラムを例に説明しています。いまや、グランドマスターでも、世界チャンピオンでもコンピュータのチェスプログラムに勝てるプレーヤーはいません。しかし、序盤が苦手なプログラムを補いって構想力豊かな手を考える人間との協業がさらに、その上をいきます。人間がチェスプログラムを利用して対戦するフリースタイルチェスのレーティングはいまや最高だそうです(残念ながら人気はないようですが)。ちなみに、iTunesストアで1ドルのゲームを買って久々にやってみたら、レーティング800ぐらいのプログラムに勝てずに泣けてきます。

 いろんなところで人間+スマートマシンの組み合わせが生産性を高めており、無人機の攻撃なども含めて今後は人間がコンピューターの指示に基本的には従いなから微調整を行うスタイルが主流になるだろう、と。こうしたスマートマシンと一緒に働くことができ、しかも向上心を維持できる人間は15%ぐらいいて、それは今の1%の富裕層vs残り99%よりマシかもしれませんが、とにかくそうした人たちがほとんどの富を独占しそうというのがコーエンの主張。

 以下は面白かったところをランダムに。

 いまの各国中央銀行の金融緩和合戦をみていると《グローバル経済で希少でないものは、銀行預金や国債の形で保有されている資金(これらは特別な権利を伴わない「単純」な資本だ。これらが希少でない証拠に、今日、実質ベースの利回りはゼロ、もしくはマイナスになっている)》というのは、なるほどな、と(p.25)。

 金融緩和に取り組んだ結果、米国の失業率は下がっていますが、CNBCなんかを見ると、それは職探しを諦めてしまった人が多くなっているからという説明がなされています。自ら保守主義的とする著者は、それにはオバマケアも関係していると『大格差』で指摘していますが、日本では当たり前の社会保険の企業負担が耐えられないということで、「どうせ企業は人を雇わないから、もう諦めた」という人が増えているのかもしれません。

 雇用スストの増大は以下の数字から説明されています。4人家族の医療保険料は10年後には3万2000ドルを越す可能性があり、企業の目からみて、多くの働き手はその価値はない、と。なぜなら2010年の個人所得の中央値は2万6363ドルだから、と。さらに、指摘されている理由のひとつが、社員のミスによって訴訟を起こされるリスク。これって、グループの事業会社に人を雇わせて、ホールディングスは、極力、人を少なくするということも入るのかもしれません。

 《労働市場を取り巻く環境の変化により、マネジメントに携わる人の給料がさらに高くなり、職場の士気がいっそう重視されるようになり、真面目で従順な働き手に対するニーズが高まる。高所得層の中で所得の格差が拡大し、知的能力の高いエリートの収入が大きく伸び、サービス分野でフリーランスとして働く人が多くなる。そして、技能の高くない人たちは職探しに苦労する。これが労働市場の未来像、新しい仕事の世界だ》というのが2章のまとめ。人を雇う固定費が大きくなる傾向にあるため、業務がさほど重要ではなく、労働者の待機時間が長いアフターサービスなどは、業務を顧客に行わせることが合理的。だから、高給取りでも、アフターサービス部門のオペレーターに電話を取り次いでもらうためには、延々とボタンを押さねばならないという、富裕層にとっても不便にはなるんですが…。

 現在、成功している人物は、単に頭がいいだけでなく、有益と認められてる特定の分野に秀でていなくてはならない。その後分野とは、主として、マネジメントとエンジニアリングに限定される、と。さらに《大学が担っている機能は、怠け者にやる気をもたせたり、人々に『教育水準の高い層』にふさわしい勤労習慣と社会的な振る舞いを身につけさせたりするといった単純なものにすぎない》といった教育批判は辛辣(p.237)。

 全体の流れとは関係ないですが、《本当の絆とは、そのときどきの判断でオンにしたりオフにしたりすることができるものではないか?》という言い方は使えるな、と思いました(p.119)。

 また《Facebookが2011までの4年間で人材獲得目的で行った買収は20件あまりで、買収金額はエンジニア一人あたり50-100ドル》というもなるほどな、と。いまや優秀な人間を抱えているから企業を買ってしまうんだ、と(p.33)。

 消費者が医師や弁護士や新聞をレーティングして選べる時代が来て万能感に浸っているかもしれないけど、次は服薬を守るかなどの逆転レーティングが発生して、患者の門前払いや高料金の請求につながる。実際に現住所の居住年数などで、スコア化したサービスがアメリカでは始まっている、というのもディストピアとはいいませんが、なんともいえない世界だな、と。教育は生計を立てられるようにするためのものとして考えよう、として、その際、重要なのは、賢い機械とどのぐらいの人が協働できるか、もうひとつは、どれだけの人が富裕層相手のサービス業に就くことかできるか、なんてあたりは、さすがにキツイと感じます。

 いま、アメリカで最も人々の羨望をかきたてているのは高級ヨットでもなければ、リッチなセレブの生活を取り上げるテレビ番組でもな。それはおそらく、豊かな暮らしを楽しむ友人たちのフェイスブックの書き込みだろうというあたりも鋭い視線を感じます(p.307)。

 ちなみに主催しているブログはこちら。

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