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November 26, 2014

『ホロヴィッツの遺産』

Horowitz

『ホロヴィッツの遺産』石井義興、木下淳、アルファベータ

 たとえアウラ(Aura)が失われようと、そのピアノの音、タッチ、驀進するエネルギーを聴きたい人たちに向け、ホロヴィッツは様々な複製機械の前で演奏を続けてきました。死後、四半世紀がたっても、コンサート会場での膝上録音版がまだ出されているというのは、ホロヴィッツへのニーズが失われていないといいますか、最初にホロヴィッツを聴いた時のショックを再体験したい人々がまだ多くいることの証なのでしょう(今後、ハイレゾ音源も出てくることも期待)。

 そうして複製された膨大なコレクションがあれば、全容を知りたくなるのが人間であり、ここに『ホロヴィッツの遺産』としてピアノロール、SP、EP、LP、CDから映像作品、書籍やポスターまでを集めた"写真集"が発表されました。

 感動したのはピアノロールの美しさ。p.35のホロヴィッツのサインのあるロールを一度見てほしいです。アナログの極地のような原初の複製技術は、オリジナルを質的に担保するために、職人が記録用ピアノによって刻印された点に穴を穿ち、それを再生用ピアノにかけたのをピアニストが聴いて、細かなニュアンスの違いを修正してOKを出すというシステムとなっていたそうです。

 それからSP、EP、LP、CDへと続くコレクションは量との闘いみたいな印象を受けます。よくまあ、これだけレコード会社からの要請を受けて弾いたものだな、と。トスカニーニの娘を娶り、その遺産も相続していたので、それほど生活には困らなかったろうにと思いつつ、映像にも残されたあの家を維持していくのには、それなり稼がなくてはならなかったのかな、などと思いながらページをめくっていました。あるいは、ユダヤ出自なのにミラノにあるトスカニーニの墓地に埋葬してもらうのには、それなりの寄付が必要だったのか…などと考えは巡ります。

 全体としては本当の労作ですが、9章だけは議論があるでしょうね。個人的にはホロヴィッツのベートーヴェンのソナタに対する評価を読んで、それ以降、読む気をなくしました。ま、全体からすれば小さな問題なので仕方あまりせんが。72年の月光、ワルトシュタイン、熱情を収めたLPについて《ベートーヴェンを弾く際には自己を抑制しすぎている》と書いているのには呆れてしまいました。

 本当に聴いているのか、と。72年の「熱情」は録音こそいまひとつですが、個人的には音楽体験のベスト10ぐらいに入る演奏だったので。それまでのバックハウスやケンプなどドイツ系ピアニストによる端正なといいますか無難な演奏からはかけ離れた、渾身の演奏だったと思います。59年のソナタについてもほとんど論評はなかったですし、どうなっているんだろうと思いました(こちらも名演だと思います)。

 でも、全体としては凄いとしかいいようのない本だと思います。こうした労作が売れますように。

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