« 『現代秀歌』 | Main | 『大格差』 »

November 15, 2014

『開発主義の時代へ 1972-2014〈シリーズ 中国近現代史 5〉』

China_modern_history_5

『開発主義の時代へ 1972-2014〈シリーズ 中国近現代史 5〉』高原明生、前田宏子、岩波新書

 2011年1月に4巻『社会主義への挑戦 1945-1971』が出てから3年8ヵ月、もう忘れ去られたのかと思われた岩波新書の『シリーズ中国近現代史』が遂に『開発主義の時代へ 1972-2014』で完結しました。何があったか知りませんが、対象が大陸だと研究者たちも大陸的になるんでしょうか。公表された情報を整理する以上のことはやっていない感じはするし、アッと驚くような知のどんでん返しもなく、淡々と現代の中国が矛盾を抱えつつ大国になっていく過程が描かれていきます。

 とはいっても、新書で整理された情報を読めるのはありがたいです。

 「はじめに」の《外国人が現代中国政治を理解しようとする際に鍵となる点は、中国共産党が国家を領導すること》というのはなるほどな、と。指導は単なるガイダンスだが、領導とは指揮命令権を持ち、服従しなかければならない、と。領導するのは中共であり、中国では中共が国家の上に位置し、政策転換もまず党規約を改正してから、憲法を修正するというのですね。

 尖閣諸島の問題についていえば、中共の日米への接近は中ソ対立が68年、69年と高まり《同じ「敵」でも、中国領土に攻撃をしかけてくる可能性のより小さいアメリカと手を結ぶことを考え始め》たということがキッカケであり、米国接近では軍事的・政治的安定を求め、日本との接近では賠償請求権を放棄する代わりに経済援助を取り付けることを求めていました。このため田中訪中の際にも周恩来は「今回は話したくない。今、これを話すのはよくない」と発言して摩擦を回避して実利を目指しており、《約四〇年後に日中韓に深刻な危機を引き起こすことになると予見していた日本の政治家は、ほとんど皆無であったろう》という評価だと思います。

 個人的にまったく不思議というか、中共の指導者は最終的には内向きの合理性を最重要視して考えるんだな、と思ったのは、民主党政権が行った尖閣諸島国有化で、態度を硬化させたことです。理性ある人間ならば《日本政府が島を買ったのは石原都知事の購入を阻止して状況を沈静化させ、事態を収めるためだ》という解釈になると思います。それをその年の11月に予定されていた第一八回党大会に向けた権力闘争が佳境に入るからといって、強硬な対応をとるというのでは信用を失うのはどちらかというのは明白。中曽根首相と蜜月だった胡耀邦が失脚したとことを中共の指導者たちが恐れるのはわかりますが、情けないことだな、と。

 しかし、中共は78年4月の時点でも、日本との交渉の最中、中国漁船約200隻が尖閣諸島周辺に集結し、そのうち数十隻が領海侵犯を繰り返していたんですよね。しかも、漁船は軽機関銃で武装しており煙台と廈門の二ヶ所から無線で指示を受けつつ行動していた、と。どうも解放軍は冒険主義的なところがあるようです。

 毛沢東が鄧小平を復活させたのは、経済に明るいことを期待したからですが、そこには《青年期にフランスの近代工場で働いた経験があっことなどから、科学技術の重要性を》理解していたからなんですね(p.40)。鄧小平がフランス留学したことは知っていましたが、工場で働いていたというのは知りませんでしかね。

 にしても、中越戦争は鄧小平が国内の抵抗勢力を抑えながら鄧小平体制を確立するためには軍部の協力を得ることが必要だと考えて行ったというのは、「まずは中共内部の政治闘争」を第一に考えるという典型的な例ですよね。79年2月の中国のベトナム侵攻は《国際社会における中国のイメージ低下やソ連の介入リスクを考慮すれば、中国のこの決定は外交的には合理的と言いかねる選択であり、内政面においても、経済再建と財政の立て直しという方針に反する政策》でした。なにせ、キリング・フィールドと化していたポルポトからカンボジアを解放したベトナムを腹いせに攻撃するという話でしたから。

 とはいっても、国内を固めた鄧小平は85年の中央軍事委員会拡大会議で「かなり長期間にわたって大規模な世界戦争は起こらない可能性」が大きいという「世界戦争可避論」を展開し、国防費抑制と100万人の兵力削減を実現し、同時に人民解放軍は失業対策としての営利性清算経営活動が本格化します(p.61)。で、保利集団なんかが生まれる、と。

 さらに良い面だけが強調されますが、鄧小平が南方談話を示した直後から、地方政府は92-95年にかけて、乱開発、ノンバンクの乱立という現代にもつながる問題が生じます。

 開高健さんのエッセイで読んだ記憶があるのですが、1958年4月19日、北京市で雀を害鳥として駆除する「雀殲滅隊」が組織され、老若男女が雀が飛び疲れて地上に落ちるまで中華鍋を叩いたそうです。毛沢東が「米を食べる雀は害鳥だ」と認定したことで行われた作戦ですが、雀が激減したことで虫害が大量発生してかえって凶作を招いたというんですわ。「あなたは結果を予想しつつ、中華鍋を叩けるか?」みたいなことがエッセイには書かれていたと思うんですが、日本も逃れられているとは思えない東洋的な集団心理の恐ろしさというのを感じます。

 今年のブラックジョークNo.1は香港の梁振英行政長官が「住民が代表者を選ぶようになれば、香港の住民の半分を占める月収1800ドル以下の所得層が決めることになる」と述べたことだと思うんですが、とにかく、社会主義の理想も、民主主義への尊重もないまま、01年には資本家の中共への入党がみとめられ、02年には中共が労働者階級だけでなく、中華民族の前衛だと規約が書き換えられていきます。まさに、中共は開発主義とナショナリズムに拠って立つ政党であることが明らかになった、と(p.136-)。

 中共の指導者たちが、和階社会の構築とかいう具体的な成果が求められる政策を後退させ、中華民族の偉大なる復興とかいう内容のないナショナリスティックなスローガンを前面に出すようになったのは、自民党のB層向けの戦略と同じだわなとも思います(p.154)。

 《権力の独占の下で市場化が進んだ結果、社会矛盾が高じて開発主義のみでは人心を収攬できなくなり、『紅二代』は革命回帰やナショナリズムを国民統合の手段として用いているのである》というのがまとめ(p.210)。

 にしても、中国の漢族が少数民族を『多額の経済支援や教育支援、一人っ子政策での優遇を受けているにも関わらず暴動を起こすのは恩を仇で返すものだ』と批判しているのは、日本のネトウヨと同じ貧しい発想だなとも感じます。憤青とネトウヨはまさに同根というか、格差社会の大きさがいつか、大爆発しなければいいがな、と願うばかりですかね。

|

« 『現代秀歌』 | Main | 『大格差』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

The comments to this entry are closed.

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/60658499

Listed below are links to weblogs that reference 『開発主義の時代へ 1972-2014〈シリーズ 中国近現代史 5〉』:

« 『現代秀歌』 | Main | 『大格差』 »