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October 26, 2014

『パラダイムと科学革命の歴史』

Paradigm

『パラダイムと科学革命の歴史』中山茂、講談社学術文庫

 クーンの『科学革命の構造』の訳者としても知られる中山先生の自伝が面白かったので、これも読んでみました(自伝、面白かったのですが、長すぎてまとめる気になれないw)。

 一言でいって、パラダイムで大切なのは、大きな科学上の転換の後、その学説を支持する学者集団が成立して、そのパラダイムに沿って様々な問題が解かれ、そこからさらにニッチな問題も次々と解決されまくっていく「通常科学」の凄さだ、と。

 ニュートンの力学がパラダイムとして成立すれば、どんどん研究が進んで、生活レベルの問題はほとんど解かれていきます。やがてそのパラダイムが通用しなくなる光速の問題や、逆に素粒子レベルに研究活動が達すると、ニュートンのパラダイムを包み込むような新たなパラダイムが生まれ、さらにガリガリと研究が進み、オートマチックに問題が解決されるような仕組みがつくられていく、という。

 これは自然科学の分野だけでなく社会科学にも適応できます。マル経、精神分析など、文系の分野はなかなか長続きしませんがw。なんで文系のパラダイムが弱いのかというと、学説が崩れて、すぐに、根本に立ち戻って研究しようとするから、ハカがいかない、というんですね。

 逆に科学の場合だと、いちいちアリストテレスやプトレマイオスやニュートンまで遡って研究する必要はなくなるから(中山先生の科学史などを除いて)、研究成果のスピードが違うと。

 中山先生は、学問を支える社会制度や記録・伝達媒体に注目し、研究誌や学会の成立など学問を支える集団と学者の再生産機構を詳しく書いているのが特徴でしょうか。

 パラダイムという言葉は概念規定がなかなか決まらなくて、そこを文系学者から攻撃されてクーンはやる気を失っていったということが自伝では書かれています。中山先生は文系の学者のジャーゴン論議に付き合う必要はないじゃないか、と言っているんですが、翻訳の問題なんかも含めて日本でも論議があったみたいで、まあ、不毛だな、と。

 宗教が俗世間に強制しようとしたことは全てくだらないことだったけど、いまだにイスラムでこうした愚行が行われているのは、文献学的なアプローチをしてコラーンの批判をした研究がぼくの知る限りいないのと、イスラムの天文学者が、プトレマイオス体系を周転円理論で補うことしかやらなかった、という「実用主義」に通じるのかも。

 中国で科学が停滞した理由について、イスラムも含めた西洋科学の主流から地理的に孤立していたことと、元代にも西方との交渉はあったが、異質の文化からのチャレンジを拒否また無視したからというのも、なるほどな、と。自分たちの世界観に満足して、チャレンジを受け付けなかったということなんでしょう。そして科学技術を下にみる、官僚育成制度を第一に考えた儒教中心の精緻なパラダイムを維持することに満足していたことが、世界史の発展から取り残された原因じゃないかと思います。

 中山茂先生は、中国が西方からのチャレンジを無視した理由を、こうした中華思想に求めているんですが、そうした傾向は今も続いていて、中共の指導部も何か問題があると、しばらく外からの接触を拒否して自分たちの中の論理だけで処理しようとするし、それが許されると思っているのは、そうした伝統からなんだろうなとか考えました。

 補章では、デジタル化を扱っていて《「本来は「デジタルで学問はどう変わるか」で、これからの方向まで大きく論じたいと用意もしてきたが、思えば今起こっていることは、グーテンベルク以来の大革命であり、それがこの数十年で方向が決められるようなものではないことを悟るにいたって,ごく大まかな、方向を示すに留まった》(学術文庫判のあとがき p.364)と書いています。

 いろいろな問題もありますが、ぼくは中山先生のような向日性が好きです(ちなみに14年5月10日に亡くなられています)。

 あと、山本義隆さんの業績も、こうした基礎的な科学史がないとできなかったのかな、と思いました。

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