『精神療法家の本棚』
『精神療法家の本棚 私はこんな本に交わってきた』成田善弘、みすず書房
本を読むことは《結局自分と交わることになる。だから本のことを書きながら自分を語ることになってしまった。それがどこまで本当の自分なのかはまだ私にはわからない》というまえがきから引きつけられました。
第一章に入ってからの《推理小説、SF、ポルノグラフィー、エッセイ、時代小説、碁と、私の読んできたものは所詮あってもなくてもよいものばかりである。しかしそこには手仕事がある。そしてその仕事に練達するためには人は生涯を費やす》というあたりの正直さにもハッとさせられます(p.10)。それが《人間というものは一人ひとり切り離された孤独なものだと思っていること、そしてそれにもかかわらず、あるいはそれゆえに、人とのつながりを求めてきたこと、そしてそれが満たされることが少ない人生だったということ、実はエロス的なものに非常に惹かれていることなどであろうか》(p.16)という静かな諦めの人間観につながっているんでしょうか。フロイトの人格に関する、内に両極を抱え、親密な関係を求め同時に多くの敵をつくったというまとめは、なるほどな、と。
フロイトの有名なオオカミ男の治療を追いかけながら《人間とはなかなか変わらないものだ》(p.50)という結論も深い諦念に裏打ちされたものだと感じます。そこから、フロイトの言う心的外傷とは、去勢の脅かし、大人による政敵誘惑、原風景(両親の性交)を見ることだ、というまとめも素人にはありがたい。 オオカミ男は「フロイトの患者」だということを心の支えに自活し、92歳までの長命を保ったというのは感動的です。
ここから先は小説になっていくんですが、成田さんが自分の二十代、三十代になかなか論文が書けなかったことについて、フロイトも夏目漱石も四十歳くらいになってから書き始めたのだからと自分を慰めていたことを思い出す、といったあたりにも感動。そしてぼくも五十代に入ってから好きになった藤沢周平も、やはり四十歳を過ぎてからの作品が多いということで、それを知って、なんだかうれしくなりました。
「自ら恃しむことのできる人のみに可能な謙虚さで、他人の言に耳を傾け、他人の行動も許認される」といったあたりや、インタヴュアーは精神療法家と重なってくるとして「記憶なく、欲望なく、理解なく」患者と向き合ってストーリーにとらわれない、というあたりは、自分の仕事にも大切にしたいと思いました。《患者は人間の限界、人間の脆弱性、そしてときには人間の悪を体現している。それはわれわれ自身のなかにもあるものである》として、パーソナリティ障害の患者をみる場合は「仕事だと思って我慢する」と書いているあたりは感動しました(p.113)。
ぼくも随分、書評は書いてきたんですが、第二章はこれまで成田先生が書いてきた書評をまとめています。また、入門書の選び方として丸谷才一さんの「偉い学者の書いた薄い本を読め」ということで例にあげられた荻生徂徠の『経子史要覧』、コーンフォードの『ソクラテス以前以後』(岩波文庫)にならい、土居健郎先生の『方法としての面接 臨床家のために』をあげているので、いつか機会があれば読みたいな、と。
また、国際精神分析学会の支部として日本精神分析協会(IPS)があるがメンバーは40~50人で、2000人を超える日本精神分析学会(JPA)の違いについて書かれているあたりは、初めて読ませてもらいました(p.145-)。
13歳年上の笠原嘉先生との思い出について、学生運動を体制変革としてとらえていた筆者と、「同士討ち」として捉えていた笠原先生という言い方は、なるほどな、と(p.177)。
章を終えるにあたっての《読者にもこれらの本を読んでもらいたい》というのは、こんな素直なレコメンドはないな、と思いました(p.184)。
次は翻訳。サルズマンの『強迫パーソナリティ』の翻訳に関して、患者は全てをコントロールしようとするが不可能があらわになると抑うつや精神病状態が生じる、と。患者の強迫的スタイルに着目して、全てをコントロールしようとする欲求を和らげ脆弱性と有限性を受けいられるようにするといったあたりや、《女ことばを使うことによって、人は自分をより私的=パーソナルで、情緒的で受容的で、可塑性のある人物として造形することができる。接客業にはこのような人物が求められので、女性が多く就くのではないか》といったあたりにはハッとしました。ゲイバーのおねえことばもこの理論から説明できるかも。
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