« 『一夢庵風流記 前田慶次』『My Dream TAKARAZUKA』の東京公演 | Main | 『全体主義の時代経験』 »

August 09, 2014

『100分 de 名著 旧約聖書』

Kato_old_testament

『100分 de 名著 旧約聖書 神が動くのを待つ』加藤隆、NHK出版

 Eテレで放映した「100分で名著」のテキスト。このシリーズ、なかなか充実していると思います。

 乱暴なことを言いますと、個人的な価値として旧約聖書(ユダヤ教聖書)は新約聖書とは比べられないほど低いという評価しか与えられませんで、今年お亡くなりになった井上洋治神父のように、キリスト教の聖典から外した方が、よほどスッキリするんじゃないかと思っています。とはいっても、西洋哲学を考える上での基本中の基本でもあるので、ある程度はお付き合いしなければならないですが…。加藤先生はルカ文書の専門家なんですが、国立大学で教えておられるので「旧約も教えてよ」ということにカリキュラム上なっているのか、実際、教えているうちに、面白くなってきているのか、このテキスト以外にも『旧約聖書の誕生』なども書かれています。

 で、加藤先生が強調しているのは旧約聖書(ユダヤ教聖書)は基本的に物語だけど、それを「掟」「律法」としているのが特徴だ、と。物語が法律だなんて、いかにも不適切ではあるけど、権威あるものとして存在しているので、物語の意味を考えて対処せざるを得ないという態度を共同体の参加者に強いている、と(p.20-)。

 奴隷の脱出劇である「出エジプト」事件を機にヤーヴェという神を崇拝するユダヤ民族・ユダヤ教が成立します。その後、紆余曲折を経て建国されたユダヤ王国の時代以降は、平和な状況になって多神教的傾向が強まります。

 しかし、そうした状況になるとエリアやエリシャらの宗教指導者はヤーヴェ以外の神を認める者を迫害しますwこの時点で「本来は神にしか行えないことを、人間が勝手に行っている」という反省が生まれればよかったと加藤先生は書かれているのですが、ホセアあたりが「愛」の議論を行うにしても、根本的な解決には至りませんでした。

 そうこうしているうちにユダヤ王国は南北に分裂。分裂すれば当然弱ってくるわけで、北王国はアッシリア帝国によって滅ぼされます。

 本来、宗教なんていうのは御利益宗教で、豊漁や豊作を祈り、時々はなんらかの見返りがあるから崇拝するというのが自然な姿なんでしょうが、北王国が滅ぼされたことで、この時点でヤーヴェは必ずしも民を守らないということがハッキリします。

 しかし、驚いたことに南王国においては、ユダヤ教は「ヤーヴェだけを神とするという立場を捨てる者はありえない」という宗教に発展を遂げるというか、一神教に純化されていくんですね(p.48-)。そして民が罪の状態にあるから神が恩恵を与えないという論法が出てくる、と。いやー、どんな世界でも厳しい状況になると、急進派が力を持つんですねぇ…。同時に神概念のインフレ化が加速し、創造者にもなっていく、と。

 この時期に申命記革命ともいうべき改革をヨシア王が行い、「神の前で民がどのような態度をとるべきか」という観点から最初の旧約聖書(ユダヤ教聖書)の編纂作業が始まります。

 しかし、アッサリといいますか期待を集めたヨシア王は戦死w今度は南王国もバビロニアに滅ぼされます。

 ユダヤ教はどうなったでしょうか?

 もちろん、さらに純化というか原理主義的になっていくんですねw

 さらに多くの指導者がエルサレムから連れ去られる「バビロン捕囚」といった事態になりますが、バビロニアがアケメネス朝ペルシャによって滅ぼされたため、半世紀で捕囚は終了します。

 このアケメネス朝ペルシャは本格的な世界帝国で、各地の少数民族を武力だけで統治するのは困難だと悟り、ある程度の自治を認めます。この時、ユダヤ人たちがどのような掟に従って生活しているのかを提出せよということになって、エズラが中心となったまとめた基本となる「五書」がペルシャ政府に提出されます。

 そうなると、どういうことが起こったかというと、こうした掟が「二度と書き換えられない正典」となってしまった、と。「自分たちの神が命じた律法がこれです」といって提出したのに、「やっぱ間違ったところがあるんで…」とは言えなくなってしまった、と。

 同時に誰も完璧に遵守することができない体系が出来てしまい、民は永遠に罪の状態に置かれることになります。

 しかし、考えようによっては、誰も救われないなら、無駄な努力はしない、という状況をつくってくれたともいえます。

 《「律法主義」は「世俗化」した社会をつくる強力な装置になっていると言い換えることができます》というのは途中ですが、素晴らしいまとめだと思います(P.88)。また、非ユダヤ人が支配者であるという現実は「神が世界をつくった」のだから、当然だみたいな阿Q的精神勝利法解決も生み出します。

 そしてユダヤ戦争の敗北によってメシア待望論が最終的に木っ端みじんに砕かれた後「人は何をしても救われない」「神の介入を待つしかない」という静的なドグマが確認されることになります。

 元々NHKのテキストということで安いんですが、さらにkindle版なら231円で読めます。

|

« 『一夢庵風流記 前田慶次』『My Dream TAKARAZUKA』の東京公演 | Main | 『全体主義の時代経験』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/60121588

Listed below are links to weblogs that reference 『100分 de 名著 旧約聖書』:

« 『一夢庵風流記 前田慶次』『My Dream TAKARAZUKA』の東京公演 | Main | 『全体主義の時代経験』 »