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August 19, 2014

『日本の雇用と中高年』

Nihon_no_koyou

『日本の雇用と中高年』濱口桂一郎、ちくま新書

 著者は元厚労省のキャリア官僚で現在は労働政策研究・研修機構の研究員である濱口桂一郎氏。最近の「若者論」で、中高年が既得権にしがみついていい目をしているから、若者はその割を食っているという俗論に対して、日本では一貫して中高年失業が大きな問題となってきた、ということを戦後日本労務管理史、労働法制史の研究成果や判例なども豊富に引用しながら説明し、こうした問題を解決するために中高年期からジョブ型正社員のトラックに移行させようという提案しています。

 曰く、日本の場合、企業がスキルのない若者向けに新卒一括採用という入社の入口を作ってくれたおかげで、別な入口から就職することが極めて難しくなってしまった、と。運の悪い中高年、若者は、いったんそこからこぼれ落ちると、それがスティグマになり、這い上がれなくなる、と。

 驚いたのは、60年代までは終身雇用制を特徴とするメンバーシップ型の日本型雇用制度を、ジョブ型に変えようという提言が行われていたこと。さらに、同時並行で定年年齢の延長がずっと課題になってきており、年金制度を含めた制度設計が政労使で詰められていきました。そして石油危機などの際には、重厚長大型産業の構造変化のために、雇用維持を目的とした社員の配置転換や出向なども認められるようになってきたんですが、そうした制度が、バブル崩壊時には配転や出向が特定社員を会社から排出するための手段として用いられた、というあたりは唸りました(p.114-)。

 日本では当たり前のように、使用者の命令によって様々な職種に従事させられますが、これはジョブ型ではないためで、1950年代~60年代から、化学や鉄鋼など装置産業では、急速な技術革新に対応するために、大規模な配置転換が行われたそうです(p.67)。

 著者によると、欧米のジョブ型社会では職がまずあり、ふさわしいスキルを有する人を欠員補充するのに対し、メンバーシップ型社会の日本では、まず会社にふさわしい人を新卒一括採用で入社させた上で適当な職をあてがってOJTでスキルを習得させるという手法が一般的です。このため、不況になると、欧米ではベテランを残して、就業期間の短い社員からレイオフの対象になるという、ある意味ではクリアカットで合理的な雇用調整が行われてきました。

 日本の場合も、様々な仕事を経験した中高年ほど労働価値が高いとする「内部労働市場論」が正しいとされていましたが、本来、高いスキルを有するはずの中高年が「給与が高い」という理由でまず対象になるという一見すると不思議な雇用調整が行われます。

 なぜか。

 それはホワイトカラーの生産性が給与の上昇ほどには上がっていないというこに経営者がうすうす感じているからではないのか、と。一括採用で全員が幹部候補として採用される日本の企業では、途中から「その任にあらず」という人でも雇い続けねばならず、その間に給与が年功序列で自動的に上がっていくので、「まず中高年から狙い撃ち」という解雇方針が効率いい、と。

 このため《企業が本格的に構造転換に踏み出そうとするとき、貢献に比べて報酬が高すぎ、新たな事業展開に対する適応能力がより低いと見なされた中高年労働者に対してより強い排出傾向が現れ》《雇用維持が政策の主たる題目となればなるほど、その裏側で中高年リストラが進行するという事態が、一九七〇年代から九〇年代、そして今日に至るまで繰り返し演じられてきた》という(p.175)。

 ここらあたりで引用されるのが『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』城繁幸。富士通の場合、ターゲットはバブル入社組。普通に残業していれば課長以上の月給を稼がれてしまうのを防ぐために、成果主義を導入し、目標管理で縛って、成果を上げない人間の給料を上げないという方向を目指すとともに、実質的に定期昇給を廃止することを目的としていました(p.179-)。

 一方、欧米の雇用対策は、まずレイオフされる若年中心。このため、中高年には早めのリタイヤを優遇する政策がとられましたが、これが財政破綻を招く最悪の結果となり、今では「長く生き、長く働く」ことが合い言葉になっています。この「長く生き、長く働く」はOECDの報告書"Live longer, Work Longer"から来ています。

 それにしても、個人が高齢化社会に立ち向かうには、明るく朗らかに「長く生き、長く働く」ことしかないのかも。そして、個人ができる貢献として、心身共に健康を維持するということは社会保険の支出を減らし、働くことで社会保障制度や税収を維持するという意味でも積極的な意味を持っていたりして…なんて思いました。

 健康には気をつけているつもりですが、それは意外と社会的にも貢献しているんじゃないか、と。高齢になっても働くことで税金払って、失業保険なども払って、年金も負担しつつ医療費はかからないようにすれば、それはものすごく立派な貢献じゃないか、と。

 この本は戦後日本労務管理史でもあるし、労働法制史でもあるし、裁判の判例も豊富で、ものすごく勉強になりました。ただ、途中まで面白かったけど竜頭蛇尾感が…。

 結局、提言しているのか日本の大企業が90年代から導入してきた「社員2」(職務、勤務地、労働時間が限定されている正社員)をジョブ型正社員と読み替えて、中高年期からこうしたトラックに移行させようというものなんですよ。

 「結論がそれかよ」感はあるのですが、まあ、現実というのは、そう突飛な解決策などないので、中高年からの社員2化というのは、そうなのかなと。

 しかし、著者は民主党が国家戦略会議で議論した40歳定年制論に関しては「年齢差別的だ」として強く批判しているんですが、ここはちょっと矛盾を感じます。中高年期からジョブ型に移行させようというのと実質的に同じじゃない、と。

 しかし、こうした本を書かせると元官僚というのはデータを豊富に持っているから強いですわな。

 面白かったのは総動員体制とも関係しているんでしょうが、ホワイトカラーの給与にたいても1940年の「会社経理統制令」によって、年功制を強制していたという指摘と、55歳定年制が普及したのは1936年という古い時期からだったのには驚きました(p.44)。これが結局、50年近くも続いたわけなんですね。《高齢者雇用政策は年金政策の従属変数でありつづけている》という指摘も、なるほどな、と(p.103)。

 ぼくが無知だけなんでしょうが、《労働時間規制と残業代規制は、表裏一体》というのも、なるほどな、と(p.184)。

 ぼくはありがたいことに、大学を卒業してから、すぐに1回だけ転職しましたが、同じような職種で、ずっとやってこれています。周りに中高年でリストラにあった人や、バブル崩壊後にやめて、その後、苦労している人なども見ていると、結局、やりたい仕事を選ぶということが大切なんじゃないかな、と思います。

 学生さんや院生、学位取得者なども含めて、社会経験は皆無に等しいと思います。だから、学生に人気の職業とか企業は、上位に入った時点がピークで、あとは落ちていくばかりみたいなのが多いわけで。

 もし、ここを見ている就活生がいたとしたら、夢物語ではない「自分がやりたかった仕事は何か」ということを考えて、たとえ労働条件が悪くても、それを目指した方が、いいんじゃないかと思います(もちろん、責任はとれませんがw)。

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