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July 16, 2014

『エピジェネティクス 新しい生命像をえがく』

Epigenetics

『エピジェネティクス 新しい生命像をえがく』仲野徹、岩波新書

 エピジェネティクス(epigenetics)はギリシャ語の接頭辞で「後で」「上に」という意味のepiに遺伝学を意味するgeneticsを付けた言葉で《遺伝子の上にさらに修飾が付加されたものについての学問》です(p.16)。

 序章で紹介されるのは、記録的な寒さとドイツ軍による食糧封鎖によって2万人が餓死したといわれる1944年のオランダの話し。半世紀以上たって胎生前期に飢餓を経験した人は高血圧、心筋梗塞、糖尿病などの罹患率が高かったというんです。これは胎児期に十分な栄養がなかった場合、できるだけ栄養を取り込むように「適応」してしまったからだと解釈されるが、それは遺伝ではなく、精子と卵子が受精した後の環境によって決定されたということだ、と。

 《エピジェネティクスな特性とは、DNAの塩基配列の変化をともなわずに、染色体における変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現型である》というのが08年に提案された定義だといいます(p.21)。

 一卵性双生児は100%ゲノムは同一ですが、遺伝的要素の強い自閉症を双方が発症する確率は96%であり、100%でないということは、遺伝要因だけでは説明しきれないことを示しており、例えば父親が高齢なほど自閉症になる率が高いといいます(p.218)。

 さらに、エピジェネティクスは哺乳類だけでなく、酵母などの単細胞生物にもみられるといいいます(p.22)。

 そして、こうしたエピジェネティクスで説明されうる現象が起きるのは1)ヒストンがアセチル化をうけると遺伝子発現が活性化される2)DNAがメチル化されると遺伝子発現が抑制される―というメカニズムがあるからだ、と(p.50)。

 正直、第二章「エピジェネティクスの分子基盤」はほとんど理解できてないと思います。

 60兆個の細胞は200種類以上に分類されるが、大雑把には、生殖細胞と体細胞とに分けることができます。それは持っている遺伝情報が子孫へと伝達されるかどうかという生物学的には重大な違いがあるから。そして体細胞は個体が死んだらおしまい、という基本をおさえると(p.33)《体細胞では、受精卵の段階から徐々にDNAメチル化が進行していくのに対して、生殖系列では、始原生殖細胞の段階において、いったんほぼ完全なDNA脱メチル化が生じる》ということが見えてきます。

 だから《エピジェネティクス制御は、DNAのメチル化とヒストン修飾による遺伝子発現制御であるとも定義できる》と(p.76)。

 もっと比喩的な表現では《ゲノムは不変だが、エピゲノムあるいはエピジェネティックな状態は可変で》《文章は変わらないけれども、付箋の付け方や伏せ字の場所は変えることができる》ということでしょうか(p.215)。活性化によって「ここを読みなさい」という付箋が付き、抑制によって「ここは読んではいけません」という付箋がつく、と。さらに抑制されると伏せ字になってしまう、と。

 第三章以降は、少しは実例によって、その影響をかいま見ることができるので、ページをめくる手も軽やかになります。

 ルイセンコは《秋にまいて冬を越して収穫する秋まき小麦を低温で処理してやると、春にまいて秋には収穫できる春まきになる》という論文で一躍有名になります。春まきにできれば寒さの影響を受けずに収穫量を大幅にあげることができるというメリットとともに、「環境因子は、生物の形質を変化させるだけでなく、その遺伝的性質を変化させる」という考え方は社会主義思想にとって都合がよかったということで大々的に喧伝されます。基本的に獲得形質は遺伝しないと考えられてきたわけですが、戦後の日本でもプラウダ公式のこの考え方にとらわれた研究者は多かったみたいな話しを中井久夫先生の御著書で読んだ記憶がありますが、見方を変えるとルイセンコも正しかったのではないか、みたいな話しになっていきます。

 少なくとも現状では獲得形質は遺伝しないが、食餌や温度、薬剤を含めた環境要因による獲得形質が遺伝することはあり得る、というわけで(p.213)。

 ミツバチは女王蜂になる幼虫にはずっとロイヤルゼリーを与え続けますが、《ロイヤルゼリーにはフェニール酪酸や10-HADといった、ヒストン脱アセチル化酵素を阻害する物質が含まれ、アセチル化ヒストンが増加して遺伝子発現が上昇》するそうです(p.98)。その結果、女王蜂と働き蜂の脳では、550個の遺伝子においてDNAメチル化のパターンが異なってくるそうです(p.99)。

 先進国においては、赤ちゃんの1~3%が体外受精で生まれてくるそうですが、着床前の初期胚の操作をともなうので、DNAメチル化によって異常をきたす可能性があると指摘されていたそうですが、実際、アンジェルマン症候群やベックウィス・ウィードマン症候群の発生頻度は高いそうです(p.165)。

 また、《ほ乳類では、特定の相手と同棲して子どもをともに育てる一夫一婦制は、たかだか3~5%の種においてしか採用されていない》(p.100)そうです。そして一夫一婦制をとるプレーリーハタネズミのメスには母性の発現に重要なオキシトシンが、オスには攻撃性を増すバソプレッシンが重要な役割を果たしており、近縁種で乱婚のハタネズミのオスにバソプレッシン受容体を発現させると、メスに寄り添う時間がながくなったそうです。

 こうした活性化と抑制のメカニズムは、がんとも関係してくるそうです。ガン遺伝子の活性化には質的と量的な異常がある。量的な異常は、遺伝子の発現制御に異常が生じる。一方、がん抑制遺伝子もあり、細胞増殖のブレーキ役になっている。それぞれ一対の染色体に乗っているので一つの細胞には二個存在。がん遺伝子は優位に機能し、抑制は劣位に機能する、みたいな。

 そして、《単にDNAの足場と考えられていたヒストンに、いろいろな修飾がほどこされてコードとして働いていること、さらには、それらの書き手、消し手、読み手の機能が次々と明らかになってきた》と(p.195)。

 愛した三毛猫のクローンを核移植で作ろうとしても、X染色体の不活性化は受精した後にランダムにおこるので、同じ模様にはならない(p.175)なんてありたも含めて、3章以降は楽しく読めました。

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